第171話 弱点ゲー

 三メートルを超える巨人が、俺の接近に気付いて立ち上がる。


 二足歩行で立ち上がった姿は、まさにバケモノと形容できるほどのものだった。


 先ほど舐めていたシルフィーも、三メートルの背丈を見上げて唖然としている。


「でっっっっか!」


 たまらず彼女が感想を口にした。


 俺もそれに同意する。


「デカいねぇ……ゲームだとさほど気にならなかったけど、実物は呆れる大きさだ」


 鞘から剣を抜いて構える。


 巨人が腕を振り上げた。俺を見ても巨人の顔に変化はない。


 まるで機械のように淡々と攻撃を始める。




 振り下ろされた腕が眼前に迫った。それを横にかわすと、鈍い音とともに大量の砂が巻き上がる。


「ククは下がってていいよ。シルフィーもね。コイツは俺が倒す」


 シルフィーは魔力がほとんど使えないから戦力外。ククもステータスが低すぎて戦力外。


 連れてきたわいいが、ほとんどただの話し相手と化していた。




 地面を蹴って肉薄する。だらんと猫背になった巨人の体に剣を叩き込むが、柔らかいような、硬いような不思議な感触が手元に伝わって、剣はめり込むがほとんどダメージはない。


 切断もできずに一度後ろへ飛んだ。


「これが巨人の能力か……なるほどね」


 失楽園の中ボス、〝砂の巨人〟は、道中の雑魚と同じように物理攻撃に高い耐性がある。


 魔法攻撃——特に水属性の攻撃に弱いが、地形のせいでいまもなお緩やかに俺の魔力は減っている。


 魔力回復の残りもそこまで多くないし、極力、魔法は使いたくなかった。


 しかし、魔法を使わないとそもそも勝負にすらならない。


 苦渋の決断ではあったが、魔力消費の多い上級を避ければなんとかなるだろう。——半分くらいは。


 そう思って右手を前に突き出す。魔力を消費して水属性魔法を放った。


「————〝放水〟!」


 手のひらから大量の水が吹き出す。


 俺の高いINTの数値によって強化された魔法が、前方の巨人を容易く吹き飛ばした。


 砂の巨人は膨大な体力と防御力、耐性に優れた個体だ。筋力と敏捷値はいうほど高くない。


 地面の上を転がり、じんわりと体を湿らせる。


 ああなると一時的に砂の巨人の耐性値は下がる。


 前に戦ったスノウホワイトと同じ現象だ。ただし、砂の巨人は第二形態へ入る前から弱体化が入る。その分、スノウホワイト以上の防御力と体力を有してるわけだが。




 剣を構えて再び地面を蹴る。


 立ち上がろうとしていた巨人の下へ迫り、全力で剣の嵐を浴びせた。


「……チッ」


 それなりに攻撃は打ち込んだ。ダメージを通した感触もある。


 だが、それでも砂の巨人は平然と立ち上がって反撃を行った。


 相変わらずクソだるい体力だな。


 ゲームで一度、剣縛りで戦ったことがあるが、あまりにも耐性値が高すぎてダメージが入らず、ムカついてコントローラーをぶん投げた思い出がある。


 それに比べればヘルメスのレベルは高いし、水属性魔法まで使っている。魔法の位は中級だが、それでもかなりの威力を発揮していた。


 しかし、巨人は痛がるそぶりも動きを止めるそぶりも見せない。


 本当にただの機械のように、プログラミングされた命令をなぞる。


「おまえ、あんまり面白くなさそうだな」


 近付いてくる巨人。振り下ろされた攻撃をかわして剣を打ち込む。


 魔法回復薬を合間に飲んで、立て続けに水魔法を放った。


「〝放水〟、〝放水〟……〝水泡〟」


 次々に水魔法が巨人の体力を奪う。


 魔力を調整しながら戦っていると、やがて、本当に少しだけ巨人の動きが鈍っているように思えた。


 ゲームだと特に違和感はなかったが、もしかするとリアルの巨人は、水魔法を喰らうとかなり弱体化する?


 砂は水を含むと重くなるし、そういう原理なのかな?


 よく解っていないが、巨人の体が黒く滲んでいる。まるで泥だ。


 その部分を剣でも狙ってみると、感触が砂を斬ったときよりいい。


 なるほどなるほど……いい弱点を見つけた。


 これなら予想より時間もかからないだろう。そう思いながらも、今度は初級水魔法に切り替えて効率よく剣を叩き込む。


 弱点を突けるなら、わざわざ魔力消費の多い中級にする必要はない。


 どうせこのあともっと大技を使う予定だ。なるべく回復薬の消費は抑え、剣を中心に攻める。


 それだけに時間はかなりかかったが、ようやくその時は訪れた。




 砂の巨人が、初めて膝を突いて呻き声をあげる。


 低く、不気味な声だった。


 ——直後。


 不自然な砂嵐が発生する。知っていた俺はさほど動揺せずに巨人の様子を見守った。


 すると、少しずつ砂が巨人の体を覆い、一メートルほどさらに体がデカくなった。


 あれこそが砂の巨人の本来の姿。砂の巨人と言われる所以だ。


 一度吹いた砂嵐も止むことはなく、視界妨害と継続的なダメージをもたらす。




「さあて……ここからだ第二ラウンドだな。悪いが、一気に倒させてもらうぜ」


 そう言って俺は、懐から魔力回復薬を取り出した。

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