第15話 魔法試験
<筆記試験>が始まる。
試験会場は教室だ。三十人以上もの生徒が並んでも余裕のある広々とした教室なら、カンニング対策に距離を離したところで問題はない。
三十人以上もの生徒が、ペンを片手に真面目な顔でテスト用紙と睨めっこする。当然、俺もやる気に満ち溢れていた。
とはいえすでに知能の数値は60まで上げた。時間がある時はひたすら本を読んでいたおかげで、当初の50をはるかに上回る数値だ。おかげで用紙に書いてある問題の答えがスラスラ脳裏に出てくる。
ちなみに知能の強化方法だが、授業を受けるだけでも少しは上がる。前世同様、勉強すればそれだけ上がる。けどそこはゲームの世界。なぜか本を読んだほうが勉強するより知能の上昇速度が速かったりする。
だから俺は、平日は魔法の熟練度を上げつつ、MPの自然回復を待ちながら本を読んだ。休日も休憩時間には本を読み、気付けばルナセリア公爵邸にある大半の書物を読破した。
その成果が、如実に目の前のテスト用紙に現れる。
試験時間は五十分。それなりにひとつの科目につき問題の数は多いが、なんと俺は、残り時間を十分も残して全ての回答欄を埋めてしまった。
ちらりと近くの生徒の様子を窺えば、未だ必死にうんうん頭を捻ってペンを動かしたり止めたりしている。
念のため、最後の確認だけザッとしてから、残り十分ほどは次の試験のことを考えた。
次は<魔法試験>だ。
▼
最初の試験が終わる。校内中に鐘の音が響き、それを合図に教師が用紙を集める。
グッとこり固まった背筋を伸ばすと、次いで、教師テレシアが、
「生徒の皆さんは次の試験会場へ向かってください。<魔法試験>は<第二訓練場>で行われます」
と言った。
回答用紙を提出した生徒から、次々と教室を出ていく。
俺たちのいる<1-1>の教室は第二棟。<第二訓練場>があるのは、正面から見て右隣に並ぶ第三棟だ。俺も荷物をまとめて教室を出る。かすかな高揚感と達成感を胸に、第三棟を目指した。
▼
<第二訓練場>。
入学式の会場にも使われた<王立第一高等魔法学園>の施設の一つ。主に魔法訓練に使われる場所だ。ゲームだと魔法の熟練度を上げるのにここを利用する。
会場にはすでに多くの生徒が集まっていた。<1-1>だけじゃない。5まである全クラスの新入生がそこにいた。当然、魔法と言えば彼女もいる。
「やっほ~! ヘルメスくん久しぶりぃ。最近あまり顔を合わせられなくて寂しかったよ~。いっつもどっか行ってるんだもん、君」
「レア……久しぶりだな。元気そうで安心したよ」
これは本心だ。
本来、俺が関わり合いになるべきじゃないメインヒロインであろうと、彼女の存在はこの世界にとってとても大きな意味を持つ。
今ごろもしかすると主人公は、他のヒロインに狙いを定めて攻略しようとしてるのかもしれないが、だとしても俺はレア・レインテーナと深く関わろうとはしなかった。
少なくとも<学年別試験>への準備期間中は、意図して彼女を避けていた。
それに気付いてるのかそうではないのか。どちらにせよ彼女は、どこか怒ってるような顔で頬を膨らませる。ちょっと可愛いから困った。
「そういうことはもっと早く言うべきだよ! ヘルメスくんとは一緒に魔法の練習したかったのに!」
「……俺と? 俺よりもっと気になる奴がいるんじゃないの?」
「気になる人? たとえば?」
「ほら、あそこにいる彼だよ」
俺が指差した方向。人混みに紛れて茶髪の少年が見えた。
彼こそ、この世界の主人公——<アトラス>くんだ。
群衆に溶け込めるほどの平凡な顔立ちに平凡な体型。それでいて髪色まで平凡とくれば、すぐに見つけられたのが奇跡にすら思える。
だが、その才能は本物だ。彼がどんな風に努力をしたのか知らないが、全属性魔法が使えるという長所をレアが知らないわけがない。
俺の指した方角へ視線を伸ばすレアは、しかしあまり興味がないのか「ああ、アトラスくんね~……」と、主人公を見ても特に強い反応を見せなかった。気になって俺は首を傾げる。
「その反応……ひょっとして興味がないのかい? 彼は全属性の魔法に適正を持っているんだろう? 魔法が大好きな君にとっては、これ以上ない存在だと思うけど」
「うーん……まあ、ね。たしかに入学したばかりの頃は興味津々だったよ? 僕以上の天才がここにいるじゃん! ってね。けど彼は……ダメダメだよ。才能はあっても宝の持ち腐れだね」
「え? ど、どういうこと?」
「彼はねぇ……魔法に興味がないんだよ。それがどれだけ他の魔法使いにとってすごいと知っていても、向上心の欠片もない。人間的には良い人だと思うけど、興味があるかどうかで言えば微妙かな~。正直、向上心のあるヘルメスくんのほうがマシだよ」
「えぇ……」
なにそれ。すごい衝撃的な発言を聞いてしまった。
主人公、興味ないの? 魔法に? 全属性の魔法適正持ってるのに?
だとしたら……少なくとも魔法の熟練度に特化した<レア>ルートは消えた。彼女のルートは、他のヒロインに比べて上げるべきステータスが単純で攻略しやすい。それゆえに、レアを攻略しようとすると相当高い魔法ステータスが求められる。
この時点で興味ほぼゼロだということは、ロクに魔法の熟練度を上げていないことがわかる。
だとしたら、攻略しようとしてるのはフレイヤかアウロラか? ひとまず、レアと仲良くしても揉めないことがわかって安心する。
男の嫉妬なんて向けられたくもないからね。
「あ。そろそろ僕の番だ。行ってくるね~。試験が終わっても、ヘルメスくんの結果を見るまではここにいるからよろしく!」
そう言って彼女は走り去った。
左右に揺れる綺麗な黒髪を眺めながら、このあとの展開を考えるとやや頭が痛かった。間違いなく……レアの興味は俺に注がれる。かと言って今さら掲げた目標を下げる気もない。
腹を括ろう。
俺も自分の順番を確認しに受付へ向かった。
▼
<魔法試験>で俺の順番が回ってきた。
少し前に行われたレア・レインテーナの試験結果を受けて、会場はおおいに湧いていた。
無理もない。俺の予想どおり、彼女は自分の持つ適正魔法をそれぞれ中級まで習得していた。息をするように四つの中級魔法を披露した彼女を見て、誰もが拍手をせずにいられなかった。
そして、その本人はというと……予め俺に宣言したとおり、少しだけ離れた位置から俺の姿を見守っている。輝くような瞳が俺の眉間を貫き、少々のやりにくさを抱かせた。
しかし、
「ではヘルメス・フォン・ルナセリアくん。試験を始めてください」
試験官である教師は無慈悲にも試験の開始を合図した。
俺は一息だけ吐いてから、まずは火属性中級魔法——<気炎>を唱えた。二十メートルほどの空間を焼き尽くさんとばかりに、業火がうねる。
レアに続いて見事な中級魔法を発動した俺に、教師のひとりが拍手を送った。だが、俺の試験はまだ終わっちゃいない。
炎が空中で消えるなり、今度は正反対の属性——水属性の中級魔法<打水>を、正面奥に佇む訓練用の人形へと放つ。大きな水の塊が対象に当たり、甲高い音を立てて弾ける。それなりの威力だった。
ここにきてまさかまさかの二属性魔法の披露に、静まり返っていた会場が沸き立つ。
拍手の数が次第に増えていき、ちらほらと高評価な感想が聞こえてくる。
なので俺はそれすら無視して、今度は連続して魔法を唱えた。
風属性中級魔法——<夜嵐>。
土属性中級魔法——<土塊>。
神聖属性中級魔法——<神器>。
闇属性中級魔法——<常闇>。
「————!?」
怒涛の中級魔法ラッシュに、あれだけうるさかった会場の空気が、一周まわって静まり返る。誰もが口を開けたまま、信じられないと言わんばかりに言葉を失った。
唯一、その中で俺だけが平然とした表情で試験官へ声をかける。
「あの……これで終わりました。大丈夫ですか?」
「へ? あ……は、はいぃっ! 問題ありません! ヘルメス様は次の試験会場へ向かってください!」
「ありがとうござます」
お礼を告げて中央から遠ざかる。
派手にやっただけあって、おおむね良好な掴みだ。試験官なんて最後は、俺に対して敬語を使ってしまうほどびっくりしてた。
この感動は、きっと俺が試験会場から出たあとに爆発するな。
事実、最後の<剣術試験>が受けられる<第一訓練場>へ向かうと、遠くから爆発のような音が聞こえた。たぶん、「えぇえええええ!?」って感じに叫んだんだろう。俺は気にせずさっさと次の試験会場へ向かった。
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