第16話 いじめられっ子

 後から結果が出る<筆記試験>とは異なり、多くの生徒や教師の前で自らの実力を披露した俺。今ごろ<第二訓練場>では、俺の話題で持ちきりだろう。実に気分がいい。


 努力が報われた気がして、にこにこと微笑みを浮かべながら<第一訓練場>へ足を踏み入れた。


 そこでは、<魔法試験>を終わらせた生徒が、現役の騎士と木剣を交えていた。


 俺が受付の参加登録を済ませている間にも、刃を交えた数名の生徒が敗北する。普通に考えて当然だ。学園の生徒なんて所詮は素人に毛が生えた程度の子供。実戦経験を持つ騎士に勝てるわけがない。


 加えてここにいる生徒の大半が、ダンジョンに潜ったことすらないレベル1ばかり。ステータス差を考えてもまず勝ち目はなかった。


 なんだよこの試験! クソゲーかよ! と思ったそこの旦那さん。この試験はどれだけ戦えるのかどうかを図るためのもの。騎士にわざわざ勝つ必要はない。


 そもそもゲームではレベル25くらいだった騎士に勝てる生徒はいない。ゲームだとプレイヤースキルでなんとかゴリ押しした主人公ですら、勝負には勝ったのに話の中では負けていた。


 要するにこの試験では技術と工夫が求められる。




 ——と思うだろう?




「ふっ」


 生憎と俺は違う。


 やるからには勝つ気でいくに決まってるだろ!!


 今の俺のレベルは30。


 油断さえしなければステータス差だけでもゴリ押せる。だがそんな惨めな勝利は求めていない。


 目指すは完璧なる勝利。スマートに勝ってこそカッコイイのだ。


 俺は強さ以外にもカッコよさも大いに求める。だからステータス差によるゴリ押しはしない。ちゃんと技術で勝つ。


 ククク、と心の中で無駄にクールぶっていると、視界の隅になにかが映った。


 視線を右のほうへとわずかにスライドすると……ひとりの女子生徒を、三人の男子生徒が囲んでいるのがわかった。


 なにしてんだ? あれ。


 見るからに困ってる感じの女子生徒。それをニヤニヤした顔で楽しそうに笑う男子生徒。


 うーん、ギルティ。


 間違いなく女子生徒がいじめられていた。そういうダセェ行為、俺ってば見逃せないのよね。


 やれやれと肩を竦めて彼女たちのそばに近付く。すると、次第に彼らの話し声が聞こえてきた。


「おい、聞いてんのかよグズ。お前みたいな無能は剣術試験を受けるまでもなかったんだ。それをわざわざ恥まで晒して……クリサンセマム男爵も可哀想に。こんな役立たずの娘しかいないんだからなぁ!」


「ロレアス様の言うとおりです! 女は魔法か読書でも嗜んでいればいい。……ああ、これは失敬。セラ嬢は魔法もからっきしでしたっけ? <筆記試験>くらいはまともにできたのですかな? ククク」


 おいおいおい。なんだこれ。あまりにも一方的な暴言の嵐に、さすがのヘルメスくんも激おこだよ? 額に青筋が浮かぶほどおこだよ?


 前世の頃からこの手のいじめが大嫌いだった。男ならせめて拳で語れよ。女の子相手に拳なんて振るったら俺が殺すけどな!


 我ながら理不尽なことを言いつつ、セラと呼ばれた少女のそばに軽やかな足取りで近寄る。次いで、心の中で発狂しながら俺は彼女の肩を抱き寄せた。


 なるべくカッコイイ感じの表情を……不敵な笑みを浮かべて言う。


「こんな隅でなにをしてるのかな? 今はまだ試験の最中だよ」


 名前だけは無駄に最強な公爵家のボンボンの出現に、セラ嬢? をいじめていた男たちは、先ほどまでの威勢を失くす。


 やや遅れて、リーダー格の少年が口を開いた。


「こ、これはこれは。ルナセリア公爵家のヘルメス様ではありませんか。ヘルメス様こそなぜこちらに? 彼女とお知り合いなのですか?」


「いいや? 今日初めて喋るよ。ねぇ、セラ・クリサンセマム男爵令嬢?」


「ひぇっ!? あ、はは、はい! はじめ、まして……ヘルメス、さま」


「ああ。はじめまして。ヘルメス・フォン・ルナセリアだ。遠目で君が困ってるように見えてね。余計なお世話だったかな?」


「いえっ。その……あの……ありがとうございます!!」


 セラ嬢は俺の魅力(という名の顔面)にやられて、頭から蒸気を出す勢いで顔を真っ赤にした。俯き、なんとか頷く姿は、小動物みたいで可愛かった。思わずくすりと笑うと、彼女の体温はさらに上がる。抱き寄せてる俺まで熱かった。


 しかし、その様子が気にくわないのか、ロレアスだかロニアスだかいう少年がわかりやすく表情を歪めた。面白くなさそうにセラを指差す。


「ヘルメス様! お戯れを……! その女は悪名高きクリサンセマム男爵家の無能ですよ? 勉強くらいはできるようですが、剣術も魔法もなんの才能もない落ちこぼれ! そのくせ剣術だけはやめようとしない。そのような無能に優しさなど見せては、ルナセリア公爵家の恥となります!」


 ほうほう。ふむふむ。


 なに言ってんのかサッパリ理解できないが、どこまでも彼女を陥れたいという気持ちだけはわかった。


 器の小さい男だ。そんな嘲笑を含めて俺は鼻で笑う。顎をやや上げて、上から目線に彼を罵る。


「ずいぶんな口ぶりだね。誰がなにをしようと個人の勝手だろう? それとも君は、彼女の夫か父親にでもなったつもりなのかな? 笑わせてくれるよ。セラ嬢がなにをしようと、君らに迷惑をかけてるわけでもないのに。そもそも……他人の評価を決められるほど、君には才能があるのかな?」


「——ッ!」


 かあぁっと、ロレなんとか君の顔が真っ赤に染まる。図星なのか知らないが、あな滑稽かな。


 再びロレなんとか君を鼻で笑うと、すぐに視線を隣のセラへ戻す。


「君も災難だったね。厄介な連中に絡まれて。心配しなくていいよ。せっかく知り合えたんだ……俺が防波堤の代わりくらいは務めよう」


「な、なんでそこまで……私に……」


「気をつかってくれるのか? そうだね……君に気をつかったと言うより……単純に、彼らみたいな人間が嫌いだから、かな。それと、美少女が困ってる時は手を貸すのが、ルナセリア公爵家の家訓だ」


 んなわけね~。自分の鳥肌が立ちそうなほど気持ち悪い発言に内心ツッコミを入れながら、ちらりと視線をロレなんとか君に戻す。


 おぉ……怒りでぷるぷる震えてる。トマトが小刻みに揺れてるみたいでちょっと面白かった。けど、そんなトマトくんも堪忍袋の緒が切れてしまう。


「よ、よくも……! グラディール次期伯爵たる俺を……コケに……!!」


 バッと腕を払い、感情のままに彼は叫んだ。


「そこまで言うのなら! 俺を笑うと言うのなら! ヘルメス様はさぞ才能に溢れたお方なのでしょうね? ルナセリア公爵家は天才の一族だと聞きましたが、はたして! 剣術においてグラディール家を超えられますか? この、次期当主たる俺を!!」


「んー……? 別に俺は君より才能があるとは一言も言ってないけど? むしろ才能があるなら、女の子なんていじめてないで鍛錬のひとつでもしたら?」


「ぐぅっ!! いいから証明してみせろ! あなたが俺より優秀だと!!」


「はぁ……やれやれ。面倒なことになったね」


 自分で首を突っ込んでおいてほとほとだるい。


 だが、まあしょうがない。どちらにせよ<剣術試験>は受けないといけないのだ。その結果をもって彼らに教えてあげよう。せめてウィンター侯爵家より上に立ってから言え! ってな。


 俺はにやりと笑みを浮かべて口を開く——直前。横からセラが俺の言葉を遮った。


「もういいです! ヘルメス様はなんの関係もないのですから、これ以上は……」


「しー」


 泣きそうな顔で叫ぶセラの唇を、人差し指で封じた。


 うひゃあぁあああ!! 気持ち悪い!!


 でもイケメンになったら一度はやりたかったことだ。まさにイケメンだからこそ許される。……え? 許される、よね?


 女性相手にこんなことしたことないから、徐々に不安を感じはじめた。しかし、幸いにもセラは頬を赤くしただけで文句は口にしない。ホッと胸を撫で下ろしてロレなんとか君に向き直る。


「証明云々は興味ないけど、これから俺の試験が始まる。君たちはそれを黙って見てるといい。俺が君より強いか弱いかは、そこでハッキリするだろう?」


「っ! いいでしょう……精々、怪我をしないように注意することですね!」


 そう言ってロレなんとか君は、取り巻きAとBを連れて人混みに消える。


 そして、タイミングよく遠くから教師の声が届いた。




「ヘルメス・フォン・ルナセリアくん。試験を始めるので会場中央まで来てください」

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