第17話 剣術試験

 試験官に呼ばれて第一訓練場の中央に足を踏み入れる。多くの生徒たちがこちらを見ていた。


「私は騎士モールス。今回の<剣術試験>の担当を勤めている。君の才能を見せてくれ」


「はい。よろしくお願いします」


 騎士の男性モールスが木剣を構えたので俺も同じように構える。


 モールスも俺も中段からの構えだ。攻守ともに隙がない。


「それではこれよりヘルメス・フォン・ルナセリア学生の試験を始めます。ルールは魔法禁止の模擬戦。木剣を手放すか、本人による降参にて決着となります。くれぐれも我が学園の生徒、騎士として恥じぬ戦いを」


 勝負開始の合図が下る。


 先行は騎士。やや前のめり気味に地を蹴って俺へ迫る。


 レベルの割りに遅い。恐らく相当手加減をしてくれているのだろう。だが、騎士モールスには悪いが俺は負けるつもりは毛頭ない。


 先ほどのロレなんとか君の件を差し引いても、試験には最初から勝つつもりだった。それに、騎士の動きは前世で嫌ってほど見てきた。どんな攻撃パターンを繰り出してくるかもバッチリだ。


 騎士モールスがお手並み拝見と言わんばかりに剣を横へ振る。威力より速さを優先した初撃だが、距離を詰めるところからその攻撃まで、液晶画面で見たまんまだった。


 ゆえに、相手の攻撃範囲リーチがどれほどのものかも感覚的に覚えてる。まあ、自分が持ってる木剣と騎士モールスの木剣は同じものだ。触れている木剣を見れば、自ずとそれはわかる。


 だから一歩、大きく後ろへ下がる。たったそれだけで騎士モールスの木剣はギリギリ俺の目前で空を斬った。手ごたえの無さに騎士モールスの目がわずかに開かれる。しかし、さすがは現役の騎士。即座に前へ踏み込み、鋭い刺突を放つ。


 それを今度は逆に、相手の下へ半身になって近付くことでかわした。俺の胸部をすれすれで木剣が通り過ぎる。


 接近から斬り払い。斬り払いから刺突。流れるような連撃だが、その一連の動作はすでに何度も前世で見た。最小限の動作で避けられるし、なんなら相手の攻撃を利用して反撃までこなせる。


 俺は右手を前に突き出した。わざわざ殴る必要はない。剣をそこへ置いておけば、勝手に相手のほうからぶつかってくる。


「——がはっ!?」


 予想どおり騎士モールスの腹部に剣の柄頭が触れた。刺突による攻撃に体重を乗せたせいで、かえって強烈なカウンターを受ける。激痛が全身が巡り、騎士といえどもほんの一瞬だけ動きが鈍った。


 そこへ華麗な足払い。本来は剣術の腕を確かめるための試験だが、アドバンテージが多すぎてもはや剣を使う必要すらない。そのことを騎士モールスへ、周りの観客たちへ無言で告げる。


 バランスを欠いた騎士モールスは前のめりに転倒。手足が地面へ無様に着いてしまう。こんな相手を馬鹿にするような戦い方は好きではないが、ロレなんとか君に圧倒的な力を見せなきゃいけないからな。悪評を覚悟に酷なことをする。


「お、おいマジかよ。現役の騎士相手に優勢じゃないか?」


「馬鹿言うな! 騎士が手加減してくれてるおかげだろ? それに、全然剣術の試験になってないだろ」


「でも剣すら使わずに騎士を圧倒してるってことじゃ……すごい」


「誰だあの男? おまえ知ってるか?」


「さっき試験官がルナセリアって言ったけど……まさか、あの天才一族の人間か!?」


 ざわざわと外野がうるさくなってきた。彼らの賞賛やら妬みやらを無視して、俺はある一点を見つめる。視線の先には、剣術で名を馳せたロレなんとか君がいる。険しい顔で俺のことを見ていた。


「ッ。君は……そうか。これがルナセリア公爵家の才能か……素晴らしいね」


 騎士モールスが立ち上がる。その手には未だ木剣が握られ、彼の瞳には闘争心が宿っていた。どうやら力量差を知ってなお、まだ心は折れないらしい。先ほどの攻防を単なるまぐれと見てるのか、単に向上心があるのか。どちらにせよ、ほとんど剣を振っていない俺からしたら助かる。次はちゃんと剣を使わないとな。


「お褒めにあずかり光栄です、モールス卿」


「困ったね。君ほどの強者を前に、学生だからと手加減できそうにない。もしかすると怪我を負うかもしれないが、それでも君は納得してくれるかな?」


「もちろん。現役の騎士の方と刃を交えられる好機に感謝します。それに……俺もまだやり足りない」


「いいねっ!」


 合図もなく騎士モールスが再び地を蹴った。


 ゲームでもそうだったが、基本的に騎士の初手はダッシュが多い。距離を詰めてから連撃を行うのが一般的な流れだ。その連撃も、初手でどの技を繰り出すかによってコンボが決まってる。最初が斬り払いなら次は突き、みたいな感じで。


 だから最速最短で突き技を繰り出した騎士モールスの動きを見て、そこからの<斬り払い>、<上段からの打ち込み>を早々に予測する。相手の手の内がわかっていれば、いくら速かろうが避けるのに苦労しない。


 まずは突き。右肩を狙った一撃を半身になってかわす。最初から避けられることを想定していたのか、すぐに騎士モールスは剣を内側へ引いた。腕をやや斜めに折って、今度は左から右へと木剣を凪ぐ。


 最初みたいに攻撃範囲ぎりぎりを狙って避けてもいいが、それだと剣の出番がまったくない。そろそろ防御くらいはするかと木剣を盾に相手の攻撃を防いだ。カコーン、という小気味いい音が響く。


 次いで、騎士モールスは一歩だけ後退。踏み込みのための距離を稼ぎ、力のままに上段へ構えた剣を振り下ろす。よほどSTRに自信があるのだろう。力と速さに偏ったシンプルな攻撃だ。単なる学生であれば避けるのはおろか防ぐことすらできない。


 だが、俺はそれを防ぐ。両手で握り締めた木剣を背中側へ斜めに倒し、数センチほど左へ体をずらす。そこへ騎士モールスの強烈な一撃が、木剣越しに俺の肩を叩いた。


 ——そして。


「!?」


 ガリガリガリ、という木が削れる音を立てて、騎士モールスの剣が俺の剣身を滑る。確かに肩ごと押し潰そうとしたはずの一撃は、なんてことはない、あっさりと俺によって受け流されてしまった。


 木剣が地面を叩く。全力による一撃はわずかな衝撃を持ち手に与え、刹那の時間においては致命的な痺れと隙を作る。あとは無防備になった騎士モールスの体へ、受身の体勢のまま剣を軽く振ればいい。相手は避けられず——当たる。


「試験はこれくらいでいいでしょうか? あまり怪我をさせるわけにはいきませんから。俺の後にも試験を受ける生徒はいますしね」


 胸元にぶつかった木剣と俺の顔を交互に見たあと、騎士モールスは悔しそうに俯いてから……こくりと小さく頷いた。痺れながらも自身の木剣を手放す。


「し、試験終了! ヘルメス・フォン・ルナセリアくんの試験は終了です! 中央から離れ、教室へ戻ってください!」


「はーい」


 くるりとその場で反転。試験官に借りていた木剣を渡すと、一度だけロレなんとか君を見てからその場を立ち去った。最後に映った彼の顔は、怒りや屈辱を超えて唖然としていた。これで少しは大人しくなってくれると嬉しいね。


 わりと自信のある結果に、俺の胸は強い達成感で満たされていた。

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