第18話 美少女からのお願い

 第一訓練場から離れていくヘルメスの姿を目で追って、白髪の少女は呟いた。


「ありえない……」


 彼女の名前は<フレイヤ・フォン・ウィンター>。


 現当主が騎士団の団長を務める由緒正しき侯爵家の令嬢だ。父であるグレイル・フォン・ウィンターより厳しい鍛錬を課されている彼女は、そんな自分でも敵わなかった騎士モールスに圧勝したヘルメスを見て、心の底から驚いた。


 あの強さはなんなのか。どうやったらあそこまで強くなれるのか。


 脳裏を駆け巡る様々な感情と言葉を呑み込んで、フレイヤは走り出した。かつて見た父のごとく立派な背中を追いかけて。




 ▼




 一方、ヘルメスの加勢により陰湿ないじめから解放された少女——セラ・クリサンセマム男爵令嬢もまた、フレイヤとは異なる理由で会場から立ち去るヘルメスを見つめていた。


 その心に溢れる感情を言葉にはできない。だが確かに彼女は、強い尊敬と感謝をヘルメスに抱いていた。


 いじめられていた惨めな自分を助けてくれた。決して驕らず、自らの力を正しきことに使う。その上で現役の騎士すら退けてしまう才能に、セラは魅了された。


「あれが……才能に愛された一族。ルナセリア公爵家の……ヘルメス様」


 呟いた言葉はすんなり彼女の胸に落ちた。彼ならばもしかすると、自分では見つけられなかった希望を与えてくれるかもしれない。


 示してほしい。正してほしい。支えてほしい。そばにいてほしい。


 そんな複雑な感情をまとめて、セラは気が付けば走っていた。あまりにも偉大な背中を追いかける。




 ▼




 最初の共通イベント<学年別試験>が終わった。


 <筆記>はもちろん、<魔法>も<剣術>も完璧にこなしたという自負がある。今から来週発表される結果が楽しみだ。


「さて……それはともかく、この後どうするかな」


 教室までの道のりを歩くさなか、俺はうんうんと頭を捻る。実は試験のあとは自由時間となっている。授業も宿題もないので、寮に帰るなり図書室で本を読みふけるのもなんでもありだ。俺の場合はやるべきことが多いから、ひとまず魔法の熟練度上げかな。


 <学年別試験>に備えて全属性の魔法を<中級>まで上げたが、それでも夏休みに控える後半のイベントには心もとない。厳密には神聖魔法を上級に上げておきたかった。


 問題は、時間はたくさんあっても上級にまで熟練度を上げるのが難しいということ。実は下級から中級までに魔法の熟練度を上げるには、ただひたすら一定の数値まで魔法を使えばいいが、中級から上級に上げる際には、熟練度プラス試練が待ち受けている。おまけにその試練が今のところ受けられないとなると、どれだけ頑張って熟練度を上げても上級魔法の習得は不可能。


 だからその解決策を探す方法も一緒に考えないといけないな。




 そこまで考えて、唐突に後ろから声をかけられる。ほぼ同時に、彼女たちは言った。


「待って」


「待ってください!」


 ぴたりと足を止める。片方の声に聞き覚えがあった。気になって振り返ると、そこにはやはり俺の予想どおりの人物と、つい先ほど出会ったばかりの少女がいた。


「フレイヤ嬢に……セラ嬢? どうしたのかな、こんな所に。もしかして二人も教室へ帰るところかい?」


「違う。あなたにお願いがあるの」


「あ、私も……その……お願いが」


「二人揃って俺に? どんなお願いだろう。叶えられる範囲でよければ頑張るけど……」


 そう言ってみたものの、なんとなく嫌な予感がした。


 そしてその予感は見事に的中する。


 またしても彼女たちはほとんど同時に言った。




「私に、剣を教えてほしい!」


「私に、剣を教えてください!」

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