第19話 妥協を覚える
「私に、剣を教えてほしい!」
「私に、剣を教えてください!」
第一訓練場から俺のあとを追いかけてきたフレイヤとセラは、ハッキリとそうお願いしてきた。想定外のケースに思わず口を開けたままポカーンと硬直してしまう。数秒後、なんとか意識を取り戻して答えた。
「お、俺に剣を教わりたいの……?」
「そう。騎士を倒した実力を見た。あんなのは私にもできない。できなかった。あなたの力の一旦でも知りたい」
「わ、私はその……ずっと才能がないって言われて、それでも頑張ってきて……でも報われずに……。そんな時に、ヘルメス様の試験内容を見て感動しました! 無理を承知で、私に剣を教えてください! お願いします!」
フレイヤは淡々と。セラは必死に俺へ教えを乞う。
個人的には彼女たちの願いを聞いてあげたい。しかしそうなると、俺の時間がかなり削れる。ただでさえ夏休みまであと一ヶ月くらいしかないのだ。後ならともかく今はちょっとまずい。
散々悩んだ結果、彼女たちには申し訳ないが断ることにした。
「指導したいのは山々なんだけど、ごめんね。やりたいことが多くて暇がないんだ」
「そこをなんとか。お金……は公爵家の人間なら持ってるか。なら、欲しいものを言ってほしい。なんでも用意する」
「うぐぅ……私は男爵家の人間なので、あまり高価なものは……」
「いや、特に欲しいものはないかな……。しいて言うなら時間だし」
時間だけはお金で買えない。魔法を用いても時を戻す方法などはなかった。だから何度も頭を下げて俺はその場をあとにする。
振り返らない。彼女たちの悲痛な表情を見たら、俺はきっと力になろうとするから。でも自分に誓ったのだ。強くなる、と。そのための努力を怠るわけにはいかなかった。
▼
翌日。
学年別試験を終えて休日になった。今日からまたダンジョンでのレベリングが始まる。
そう思って部屋の扉を開けて外に出ると、男子寮の入り口付近に見覚えのある後ろ姿が見えた。まさかな、と思いつつ彼女のそばに近付くと向こうもこちらに気付いて笑顔を向ける。
「あ、おはようございます、ヘルメス様!」
やっぱり、昨日会ったセラ・クリサンセマム男爵令嬢だ。俺と同じ黒髪を揺らしてペコリと頭を下げる。
できれば関わりあいたくなかった相手に遭遇……いや待ち伏せされて、俺は肩を竦めながらも挨拶を返す。
「おはよう、セラ嬢。男子寮の前でなにをしてるのか……それを尋ねるのは野暮ってものかな?」
「えへへ……すみません。昨日は断られてしまいましたが、どうしても諦めきれず……どうか、私の師匠になってください!」
昨日よりグレードが上がってる。そしてもちろんそのお願いの答えはNOだ。
「何度も言うけどそんな暇はないんだ。これからダンジョンに向かわないといけないし、ごめんね。他をあたってくれ」
「ヘルメス様以上の適任者なんていませんよ! お願いします~~!!」
ガッチリと後ろからセラにホールドされる。
こらこら。異性に対してそんなに密着するもんじゃない。背中に柔らかいものが当たってるよ? っていうかこの子意外とデカい……!?
むにむにと力いっぱい抱きしめながら体を動かすせいで、柔らかい二つの塊が忙しなくその形を変える。それがハッキリとわかるせいで一気に顔が赤くなった。
「ちょ、セラ嬢!? あんまりくっつかいでくれないかな? その……非常に嬉しいことではあるんだが……当たってるんだよ」
「当たってる……?」
俺の言葉に彼女はきょとんとした顔を浮かべる。ぐいぐいっと頭を押して剥がそうとするが、疑問を浮かべながらも決して彼女は手を離そうとはしない。レベルと剣術の熟練度の差で腕力は圧倒的に俺のほうが高いだろう。無理やり引き剥がすことはできるが、下手すると彼女が怪我を負いかねない。どうしたものかと悩んでいると、そこへ、新たな来訪者が姿を見せる。
それは幸運を運ぶ女神——ではなく、不幸を告げる
「二人ともなにしてるの? エッチなこと?」
「違います」
開口一番になに言ってるんだこの子は。
未だしがみ付いたままのセラも顔を真っ赤にして慌てる。
「ええ、エッチなこと!? してませんよまったく! こ、これは……そう! 純然たるお願いです!」
「俺にとってはどちらかというとエッチなことかなぁ。胸がすごい当たってるし」
「そんなっ!?」
気付いていなかったのか気付いた上で我慢してたのか。フレイヤに指摘され、俺にまでそう言われてはさすがのセラも手を離すしかなかった。
また面倒なことになるかと思っていたが、フレイヤのおかげで助かった。心の中でお礼を告げておく。
「正直、二人がなにをしてるのかはどうでもいい。そんなことより、私は今日もヘルメスにお願いをしに来た。稽古をつけてほしい」
「それはもう昨日のうちに断ったんだけど?」
セラといいフレイヤといい、なんで俺の話を聞いてくれないのかな? どれだけお願いされたって答えは変わらないよ。さっさとダンジョンに行きたい。
「昨日は昨日。今日は今日。だから教えて。コツでもなんでもいい」
「わ、私もお願いします! なんでも構いません!」
「いや、だから……」
ぐぬぬぬ。なんて強敵なんだ。これがダンジョンに出てくる魔物だったら問答無用で撃退できるのに、相手はゲームのヒロインと
しかもこの間にも時間は過ぎていくのでかなりもったいない。ここは、なんとかして二人が納得する案を…………あ、そうだ。いいことを思いついた。
「ハァ。しょうがない。一度だけ君たちの戦いを見て、アドバイスをあげるよ。それでいいかな?」
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