第360話 新たな精霊

 俺の背後に現れた美しい褐色肌の女性。


 彼女は、シルフィーと同じように俺とまったく変わらない背丈をしていた。


 まさか? と思ったのも束の間、褐色肌の女性が掌から炎を放つ。視界が赤色に包まれた。


「————水泡」


 水属性中級魔法を発動する。


 水の塊が目の前で弾けて炎を吹き飛ばす。服も何もかもがびちょびちょになるが、直後に炎の熱で乾いた。凄まじい火力だ。


「ちょ、ちょっとちょっと! 私たちもいるのに酷いわ! サラマンダー様!」


「人間が防いでくれなかったら死んでたわよ! 酷い酷い!」


「サラマンダー? ってことは……やっぱりそうなのか」


 通常の妖精とは比べ物にならないサイズに、赤い髪。炎を操り、名前はサラマンダー。


 俺の脳裏に一つの答えが出た。


「君は火の精霊だね」


「……よく分かったな。お前か、ティターニア様が仰っていた新たな勇者というのは」


「ん? ここにティターニアがいるのか」


「様を付けろ! 無礼であるぞ!」


 魔力による圧力が俺の体に加わる。


 さすがシルフィーと同じ精霊。魔力を解放するだけで体が重くなった。


 しかし、余計に分からないな。コイツらはどうやって魔力を蓄えているんだ? それに、炎を使ったというのに森が燃える様子もない。明らかにこの辺りはおかしかった。


 だが、今はそれよりティターニアとシルフィーの情報を得るほうが大事だ。俺は疑問を飲み込んで口を開く。


「人の精霊を誘拐した挙句契約を打ち切ってった奴に敬意なんて示せるかよ。いいからティターニアの場所を教えろ。俺はシルフィーと会わなくちゃいけないんだ」


「黙れ! 人間が精霊を利用するなどおこがましい! ティターニア様の言葉に従っていればいいものを……ここで処分する」


 再びサラマンダーから魔力が放たれる。魔力は炎となって俺に襲いかかった。


「ウンディーネ」


「はい!」


 俺は魔法攻撃の撃退をウンディーネに任せて地面を蹴った。後ろからウンディーネのものと思われる魔法が正面の炎にぶつかって熱を吹き飛ばした。


 位はウンディーネのほうが低いものの、彼女には最高レベルのINTを持つ俺のパラメータが反映されている。それは精霊と妖精の差を覆すほどのものだった。


「チッ! 小癪な……!」


「いきなり仲間ごと襲うお前に言われたくないよ!」


 俺はサラマンダーの懐に入った。掌に小さな水の塊を浮かべてそのまま殴る。


 精霊は妖精と同じように物理攻撃は効かない。魔力には魔力でしか干渉できないのだ。


 そこで俺は、ウンディーネの力を使って右手に水属性魔法をコーティングした。


 俺の拳がサラマンダーの腹部に直撃。彼女はすさまじい衝撃を受けて後方へ吹き飛んでいく。


 どうだ! これが妖精と俺の合わせ技「魔法パンチ」だ。


 ネーミングは適当だが充分なダメージは入っただろう。妖精たちを握りながらサラマンダーのあとを追いかける。




「く……そっ! よくもあたしを殴ってくれたな……人間ごときがぁ!」


 倒れていたサラマンダーを発見すると、彼女は先ほどの倍以上の魔力を放出した。周囲は熱気に包まれる。普通なら植物も何もかもが燃え始めてしまいそうなほどの熱量だ。


 しかし、相変わらず森は平然を装っている。


 俺は熱に対する耐性がないため汗をかいたが、燃えるほどじゃない。耐えられる。


「先に攻撃してきたのはそっちだろうが。殴られたくらいで一々キレやがって」


 めんどくせぇ。もっとボコボコにして情報を無理やり吐き出させるほうがいいか? 相手はシルフィーと同じ精霊だからあえて手加減していたが、こちらの話を聞かないならもうゴリ押すしかない。


 あくまで俺の優先順位はシルフィーだ。それ以外の妖精と精霊がどうなろうとしったこっちゃない。


 鞘に収めていた剣を抜く。


「ヘルメスさん? まさかサラマンダーさんを殺すんですか?」


 肩に座ったウンディーネが、俺の殺伐とした様子に気付いて声を出す。


「そうしなきゃ先に進めないって言うなら、ヤるしかないだろ」


「それはそうですが……うーん……」


 ウンディーネとしてはあまり殺しに賛成はできないといったところか。


 俺と契約し彼女もまたシルフィーを案じている以上、殺しても文句が出ることはないだろうが、信頼にヒビが入っても嫌だな。


 かと言ってサラマンダーをそのままにしておくと面倒この上ない。ギリギリ死なない程度にボコすか。


 俺は剣を構えて地面を蹴る——前に、サラマンダーの背後から新たな精霊? が現れた。


「ダメだよぉ、サラマンダー。あんまり森の中で暴れたらさぁ」


「ノーム! あたしの邪魔をする気か⁉」


 サラマンダーの背後、地面から生えてくるように姿を見せたのは、俺と同じ黒髪の女性。


 長い髪によって顔の半分が隠れているが、もう半分だけでも分かるほど美しい容姿だった。


 垂れ目でサラマンダーを見つめ、やれやれとため息を吐く。


「誰がこの森を維持して治してると思ってるのぉ? あんまり壊さないでほしいなぁ」


「ッ! ……分かった。だがどうする? アイツはシルフィーを取り戻しにきた勇者だぞ」


「みたいだねぇ。普通に戦っても勝てなさそうだし……とりあえず逃げよっか☆」


「は?」


 サラマンダーが文句を言う暇もなく、彼女は後ろからノームと呼ばれた黒髪の精霊に羽交い絞めにされる。そしてそのまま地面の中へと呑み込まれていった。

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