第361話 交渉

 炎の精霊サラマンダーが、突如現れたもう一人の精霊ノームと共に消える。


 それが逃げられたのだと即座に俺は悟った。


「チッ。逃げられたか……」


 今のは能力、外見、名前から察するに土の精霊ノームか。彼女の能力のおかげでこの森は維持されているのだと会話から理解できる。


 俺はサラマンダーとノームを吸い込んでいった地面を見下ろしながら、手元の妖精たちを睨む。


「お前らも災難だったな。殺されそうになったり置いてけぼりにされたりと」


「うええええええん! 人間に殺されるううううう!」


「おい待てこら」


 急に騒ぎ始めたと思ったら的外れ……でもないのが困る。確かに俺は彼女たちを殺してでも先に進もうとした。シルフィーを助けるためなら妖精の数匹手にかけても心は苦しまない。


 だが、今は考えが変わった。


 捕まえた妖精たちが有益な情報を吐いてくれるかもしれないからだ。なんせ彼女たちは精霊に見捨てられた妖精。俺が殺さないとでも思ったのか知らないが、妖精たちからしたら精霊の行動は非難されて当然。そこに突け入る隙がある。


「騒ぐのはお前らの勝手だが俺の話をまずは聞け」


「うぅ……ひっく! な、何よぉ!」


 じろり、と三人の妖精に睨まれる。俺の掌サイズのくせに態度だけはデカいな。これがティターニアの教育の賜物か?


「お前たちは精霊に殺されかけた。守ってやったのは俺だ」


「捕まえたのもあなたでしょ」


「うるさい。それとお前たちは精霊に見捨てられた。放置されたんだ」


「あなたが捕まえているせいでね!」


「だからうるさい。捕虜のくせに無駄口を叩くな」


 俺は妖精たちを掴んだ状態でぶんぶんと手を高速で振る。


「ぎゃああああああ! 目が回るうううううう!」


 容赦のない攻撃? に妖精たちから大量の非難の言葉が挙がった。


 しばらくして俺は手を止める。妖精たちは本当に目が回ったのかぐったりしていた。これで落ち着いて話ができる。


「もう一度言うぞ。お前たちは見捨てられたんだ。酷くないか? 悲しくないか? 精霊に文句の一つでも言いたくないか?」


「そ、それが何よ……」


 拗ねるように口をすぼめて答えた妖精の一人。それを見た瞬間、俺は勝ちを確信する。内心でほくそ笑んだ。


「俺がお前たちの無念を晴らしてやるよ。あの精霊二人にキツ~いお仕置きをしてやる」


「お、お仕置き?」


「人間が精霊様に勝てるわけないでしょ!」


「ところがどっこい、さっきの戦いを見てただろ? 俺はアイツらに負けていない。それもまったく本気を出していない状態でな」


「つ、つまり……」


「ああ。お仕置きができるってことだ」


 妖精たちはしばし無言になる。何を考えているのか手に取るように分かるな。


 長らく外敵がいなかった影響だろう、彼女たちはあまり人を疑うことはしない。というか、疑うくらいならぶっ飛ばす精神だ。


 しかし俺は倒せない。自分たちより強い相手が現れた場合、彼女たちが取る行動は……。


「何を……聞きたいの?」


 ほうら。ご覧の通り長いものに巻かれるのさ。


 俺はにやりと口端を持ち上げて言った。


「まずこの森のことを教えろ」


「森? ただの森じゃない。ノーム様が管理してるってこと以外は普通の森よ」


「精霊が管理する森を普通とは言わねぇ。というかあの精霊ノームは土の精霊か?」


「ええ。ティターニア様の指示でこの辺りの森の管理をしてるわ。土の精霊ってだけあって自然破壊とかに厳しいの。魔法で自分と自然を繋げてるって言ってたような……」


「ふうん」


 いいことを聞いたな。あとでちょっと試したいことがある。


「じゃあサラマンダーは?」


「あの方はこの森を守る番人みたいなものね。ティターニア様直属の部下でもあるの」


「直属の部下?」


「サラマンダー様もノーム様もつい最近精霊になって、前は複数の妖精が管理していた森の管理をノーム様が。サラマンダー様はティターニア様の護衛やこの森に侵入したアナタみたいな不届き者の排除が主な仕事ね」


「要するに騎士や衛兵みたいなもんか」


 ってことはノームよりサラマンダーを拉致ったほうがティターニアに近付けるな。傍付きでもあるんだろうし。


「ちなみに水の精霊はいるのか?」


「いないわよ。精霊がそんなぽんぽんいるわけないじゃない」


「だよ、な」


 ちらりとウンディーネのほうに視線を移す。


 彼女の名前だけなら精霊と同じ名前だ。もしかすると精霊へ至る資格みたいなものがあるのかもしれないな。どちらにせよ、精霊になるためにはたくさんの経験と試練が必要みたいだが。


 とりあえず俺は掴まえていた妖精たちを放す。苦しみから解放されて彼女たちは嬉しそうに空を舞う。だが、なぜか俺のそばから逃げようとはしなかった。精霊たちへの復讐を見届けるつもりか?


 まあいい。邪魔さえしなければ俺は構わない。くるりと踵を返し、近くの木に触れる。


 その様子を見てウンディーネが声をかけてきた。


「? ヘルメス様、何をしているんですか?」


「何って……ちょっとした検証をな」


「検証?」


 怪訝そうな彼女の声を聞きながら俺は魔力を練り上げた。掌に炎の魔法が浮かび上がって——ボオッ!


 目の前の木が一瞬にして燃えた。他の木にどんどん炎が移っていく。




 木は燃やすに限るな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る