第362話 燃やしてるだけだが?

 目の前の木が盛大に燃えた。


 火は周りの草木を燃やしながらさらに広がる。また一つ、一つと自然を呑み込んでいった。


「へ、ヘルメス様? 何をしているんですか?」


 たまらずといった風にウンディーネが問いかける。


 俺はくるりと振り返って笑みと共に答えた。


「何って……見た通りだよ。森を燃やしてる」


「なんで」


「さっき妖精たちが教えてくれただろ? この森を維持してるのは土の精霊ノームだと。加えてあの女は、サラマンダーを連れ去る前にこう言った。『あんまり壊さないでほしいな』と。それはつまり、森の状態を維持するのに何かしら消費するものがあるんだ。例えば魔力とかね」


 これは俺の推測にすぎない。あっているかもしれないし、間違っているかもしれない。


 だが、思いついたのだから試さずにはいられなかった。


 もしもこの自然を維持するために魔力を消費しているなら、俺が森を燃やせば燃やすほど大量の魔力を消費する。それはノームが望む展開ではない。


 だとすると彼女はどういう判断を下すか。


 決まってる。森を燃やしてる俺を止めにくるはずだ。わざわざ地面に吸い込まれて消える相手を探す手間が惜しい。こうやれば相手のほうから姿を見せてくれる。


 しばし森を燃やしながら待った。


 ウンディーネはいろいろと言いたいことがありそうな顔を浮かべていたが、シルフィーのために口を閉ざしている。


 周りを囲む雑魚妖精共も、


「ノーム様が可哀想」


「ノーム様は何もしてないのに」


「でも止めたら私たちが殺されちゃう……」


 と大人しく俺の放火を見守ることしかできなかった。


 そうして周囲が炎に包まれる中、ようやく彼女は姿を見せた。


「あの~……何をしているんですかぁ?」


 地面から黒髪が生えてくる。


 先ほどサラマンダーを連れて逃げた精霊ノームだ。


 彼女は長い髪の隙間からハイライトの消えた瞳で俺を見つめる。声は穏やかだが、雰囲気は決して穏やかじゃない。


「お前もその質問か。どこからどう見たって森を燃やしてるだけだが?」


「だけだが? じゃないですよ! 私の魔力が凄い勢いで減っているんですが⁉ 殺す気ですか!」


「へぇ……この森で生活してるお前らでも、やっぱり魔力を失うと死ぬのか?」


「ッ。人間さん、本当に何者ですか? ティターニア様から話は聞いていましたが、雰囲気がちょっと怖いですよぉ」


「お前には言われたくないな。人を殺しそうな目をしてるぞ」


 さっきからくっちゃべっているが、決して油断はしていない。魔力を練り上げて今すぐ攻撃できるように体勢を整えていた。


 油断ならない相手だ。けど、そのほうが俺も躊躇なく殺せる。


 腰に下げた鞘から剣を抜くと、切っ先をノームの顔へもっていく。


「言っとくが俺は止まらない。帰りもしない。ティターニアの命令だかなんだか知らないが、さっさと俺をシルフィーの下へ案内しろ」


「私がその命令を聞くとでもぉ?」


「いや、全然」


「だったらお帰りください。ここはあなたが立ち入っていい場所じゃない」


「断る。お前がシルフィーの場所へ案内してくれないなら、お前を殺して次はサラマンダーに同じ問いを投げればいい」


「……あはは、凄いですね」


 くすくす、とノームが初めて笑った。


「こんな傲慢な人間は初めて見ますよ~。まさか、精霊を殺せると思っているなんて」


「殺せるさ。お前らは所詮、魔力が無きゃ生きられない存在だ。人間とほとんど変わらない」


 人が飲食を禁じられれば死ぬように、妖精と精霊の体を構成する魔力を削り取れば奴らは消滅する。


 魔法に関しては、俺はこの世界でも最強だ。


 会話は終わりだと言わんばかりに俺は地面を蹴った。ノームに肉薄しながら神聖属性中級魔法を発動する。


 光が体を覆う。強化系の魔法だ。これでさらに速く動ける。


 それだけじゃない。ある日偶然気付いたことだが、この状態になるとメリットが生まれる。


 妖精と精霊に対するメリットが。


「無駄ですよ」


 ノームが手を振る。たったそれだけで俺の足下から大量の植物が生えてくる。次いで、植物たちが俺の体を拘束しようと絡みついた。


「そっちがな」


 ブチブチブチッ!


 ノームの拘束を無理やり引き千切る。


「なっ! 力技だなんて!」


 簡単に拘束を抜け出されてわずかにノームが焦った。さらに距離が潰れる。もう間もなく一刀の間合いだ。


 しかし、そこでまたしてもノームが手を振った。今度は地面がせり上がる。俺を囲むように四角形の箱を作り出した。


「それは魔力で強化された土。植物とは耐久度が違いますよ!」


 ノームが自信満々に叫ぶ。


「確かに硬そうだな……」


 けど、俺には関係ない。


 足下を伝って魔力を地面に流す。ノームの魔法に干渉した。


 土属性の魔法は他の魔法と違って魔力を性質変化させるメリットがあまりない。なぜなら、足下にいくらでもあるからだ。


 ゆえに、魔力をただ流すだけでその主導権が——奪える。


 ゲームでは不可能だったシステム外のスキル。ノームの構築した土の箱が、一瞬にして崩れ落ちた。


「……え? どうやって——」


 言い切る前にノームの懐に入った。剣を斬り上げる。


 ノームの体が斜め下から肩までザックリと斬れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る