第318話 聖剣とは

 ドラゴンソウルの影響で全身から力が漲る。

 これまでで一番の反応だ。


「くくく。最初は軽く痛めつけて解放するつもりだったが……面白い。これほど強い人間と戦うのは初めてだ」


 天使ミカエルが凶悪な笑みを浮かべている。

 さらにエネルギーは跳ね上がった。いったいどこまで強くなるんだ……。


「いい加減にしろよ、クソ野郎。別に聖剣は欲しいわけじゃないって言ってるのに、勝手に殺しにきやがって」

「ここを見つけた時点でお前に選択肢などない。お前は分かっていないのだ。聖剣がどれほど貴重で大切なものか」

「勇者が使っていた武器だろ。それくらいは知ってる」

「違う。全然違う。分かっていない。聖剣とは——鍵だ」


「鍵?」


「不思議には思わないか? 勇者が聖剣を使い、魔族や魔王と戦ったのに、魔族も魔王も生きているという事実に」

「…………」


 確かに、言われてみればおかしな話だ。

 勇者は生きてここに聖剣を封印する余裕があった。しかし、魔王は封じられただけで生きている。配下の魔族はその復活のために動いている。彼らもまた、勇者には殺されなかった。


 理由はなんだ? 聖剣なんて大それた武器を持っていながら、魔王も魔族も殺せていない理由はなんだ?


 天使ミカエルが教えてくれた疑問に、敵を前にしながらも思考を巡らせてしまう。

 その答えは、正面のミカエルが教えてくれた。


「答えは驚くほど単純だ。勇者は勝てなかったのだよ。魔王にも、直属の配下である魔族にもな」

「ッ⁉ ありえない。じゃあどうやって人類は……」

「今の今ままで生きてこられたのか」


 天使ミカエルは俺の言葉を先読みする。

 にやりと笑って話を続けた。


「別に勝てないからと言って負けているわけでもない。当時の勇者は聖剣の力を使って魔王にダメージを与え、なんとか封印することに成功した。魔族共は魔王が封印されるなり各地に散らばり、探し出すことを諦めた勇者は、できるかぎりの残党を倒しながら世界を平和に導いた。奴は能力こそ低かったが、自らの役目を全うしたのだ」

「弱い? 魔王を封印したのに?」

「封印など、所詮は中途半端な対策だ。現に、魔族共が魔王を復活させようとしている。各地に眠る神格を暴き、壊してな」

「神格を……って、そうか。その神格は聖剣から分離したものか」

「正解。察しがいいな」


 パチパチと天使ミカエルが拍手する。

 わざわざそれを俺に教えてどうするつもりだ?

 疑問は多いが、聞ける話は聞いておきたい。今後の糧になる。


「勇者は考えた。万が一、聖剣の在りかを暴かれた時、少しでも時間を稼げるようにしたいと。それが神格を分離すること。引き剥がした神格を各地に隠し、それらを壊すか回収しないと聖剣を見つけることはできないよう細工したのだ」

「聖剣が壊れれば魔王が復活するから……だな」

「然り。だが同時に、聖剣を扱える者を求めた。今度こそ、自分の代わりに魔王を殺せる者を」

「そのためにお前は試練を課しているのか」

「そうだ。敵は強い。生半可な者などいらぬ。求めるのは、真に世界を救える存在だけだ」


 再び天使ミカエルが光の剣を構える。

 俺もまたドラゴンスレイヤーを構え、同時に地面を蹴った。


 激しい剣撃。目の前に火花が散り、全身を衝撃が埋め尽くす。

 加速する視界。加速する思考。

 その中で、俺はドラゴンソウルを使いどんどんミカエルの力に迫った。


 やがて、彼女の攻撃は俺に通らなくなる。全てに適応していった結果だ。


「くっ! この短時間で我の攻撃に適応したのか? まったくもってふざけた能力だ」

「ふざけてんのはお前だろ」


 俺の剣がミカエルの腕を斬り飛ばす。

 血は出ない。神格があれば即座に復元される。

 それでも、俺はどんどん攻める。足を、腕を、体を真っ二つにしても止まらなかった。


 そこから先は一方的な蹂躙になる。

 天使ミカエルがどれだけ力を籠めて俺を攻撃しても、ドラゴンソウルによる適応でダメージはない。


 対するミカエルは、攻撃力も防御力も速度さえも負けて、何もできずに地面へ落ちた。

 ドラゴンソウルが彼女の体と地面を突き刺して縫い付ける。


「かはっ! ……よもや、こうも一方的な戦いになるとはな」


 多少は苦しんだのか、ミカエルの動きが鈍くなる。

 手にした剣は粒子となって虚空へ溶け込む。


 それを見送ると、俺は口を開いた。


「もういいだろ。これ以上は無意味だ」


 本当は俺の魔力が切れかかっていた。ドラゴンソウルが尽きれば勝つことはできない。だが、ミカエルの話が本当なら、わざわざ俺を殺す必要はない。


 殺すより、勇者として認めたほうが早いからだ。

 正直、俺より強い奴はこの世界にはいないだろうからな。


「……どうやら、そのようだな。答えは出た。まさかここまで強い男に出会えるとは思ってもいなかったよ」

「ならちょうどいい。世界を守るなんて大層な役目はいらないから、聖剣だけ寄越せ」

「お前、山賊じゃないだろうな」

「失敬な。これでもモブ——じゃなくて、主人公さ」

「? よく分からないが、いいだろう。お前の中に聖剣を預けてやる」


「ん? お前の……?」


 俺は首を傾げる。

 直後、体に金色の光が現れた。

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