第317話 熾天のミカエル

 天使ミカエルの頬を殴り飛ばす。

 盛大に吹き飛ばされた彼女は、地面を跳ねながら転がっていく。


「今のはシルフィーの分だ」


 彼女が感じた痛みはこんなものではないが、とりあえず一撃与えることには成功した。


「シルフィーさん! 大丈夫ですか?」


 背後ではウンディーネがシルフィーに水をかけて鎮火しようとしていたが、火の勢いが強すぎてなかなか苦戦している。

 それでも、俺のステータス補正があってなんとか火は消えた。


 体を焦がしたシルフィーが、苦しそうに答える。


「へ、平気よ……これくらいなら、魔力をもらえば体を治せるわ」

「すぐに治していいよ、シルフィー」


 俺が魔力の使用を許可すると、わずかな魔力が減ってシルフィーの体が元に戻る。


 妖精や精霊は肉体全てを魔力によって構成している。魔力があればいくらでも回復できるのだ。


「ははは! 今の一撃は効いたぞ。やるじゃないか」


 前方から飛んできたミカエルの声に、視線を戻す。

 彼女は俺の一撃を喰らってもなお平然と立ち上がっている。倒せるとは思っていなかったが、ダメージらしいものは見当たらない。


 頑丈な奴だな……。


「急に身体能力が高くなった気がするが、どうやった?」

「教えると思うのか?」

「ふっ。それもそうだな。こちらで勝手に推測していこう」


 そう言いながら天使ミカエルは地面を蹴った。

 光の剣を構えて襲いかかってくる。


 それを俺は、ドラゴンスレイヤーで捌いた。先ほどより彼女の能力に合わせられるようになった。

 むしろどんどん能力値は上がり、


「ぐっ⁉」


 再び、今度は俺の剣が彼女の体を斬り裂く。


 血は出ない。光の粒がわずかに体から離れ、徐々に虚空へ消える。

 直後、削られた肉体は光を宿して修復された。まるでシルフィーたち妖精のようだ。


「お前……もしかして、妖精や精霊みたいに体が魔力で造られているのか?」

「半分正解だな」

「ということは——神格か」

「お見事」


 パチパチと天使ミカエルは拍手する。


 どうやら神格というのは、魔力に似たエネルギーらしい。それか、天使にとっては似たような力なのか。

 どちらにせよ、彼女を殺し切るのは難しいと悟る。

 なぜなら、この場には膨大な神格が眠っている。それを引き出し回復されれば、先に魔力が尽きて倒れるのは俺になる。


 分の悪い戦いだ。


「今の一瞬で気づくとは悪くない洞察力だな」

「どうも。お前を殺すにはどうしたらいいんだ?」

「神格全てを消滅させるほどの傷を与えるか、神格そのものを壊すかだな」

「神格を壊す?」

「魔族共がやろうとしていることだ。無論、そんな真似はさせないが、神格には神格を生み出す核というものがある」

「それを俺に教えていいのかよ」

「問題あるまい。お前が人類の敵だというなら話は変わるが、妖精や精霊を連れ、彼女たちのために怒れるお前が神格を壊すとは思えない。すでにそこの精霊は、神格を取り込んでいるわけだしな」


 こちらの状況を把握してるみたいだな。実に気分が悪い。

 だが、天使ミカエルが言うとおりだ。神格を壊すことでどのような影響が出るか分からない。

 それに、魔族たちの利になる行いを俺がするメリットもなかった。


「それより、またお前の能力が伸びている。こちらの攻撃も通じなくなってきた。面白い。本当に面白い男だ」

「こっちは全然笑えねぇよ」

「いきなり勝負を吹っかけたことには謝罪しよう。だが、これなら全力で戦っても問題なさそうだな」

「は?」


 まさか……まだ手加減した状態だったのか?


 予想はしていたが、目の前で跳ね上がる彼女のオーラを見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 先ほどまでのミカエルが可愛く見えるほどの——神格だ。




「改めて名乗ろう。お前が死んだ場合、天国で告げるがいい。お前を殺したのは、天使が一人、『熾天』のミカエルである! なに、多少の融通くらいは効かせてくれるだろうよ!」




 ゴオオオッ!

 ミカエルが叫んだ途端、彼女の体から膨大な熱量が噴き出した。

 熱量は黄金の炎となって周囲を染め上がる。


 離れているはずなのに、じりじりと肌が焼かれていくのが分かった。


「さあ、ここからが本当の戦いだ!」


 ミカエルが地面を蹴る。

 凄まじい音と熱量が動き、俺は気づいた時には——殴られていた。


 炎が全身を焦がし、世界そのものを焼き尽くす。

 全身の細胞が驚くべき速さで死滅していった。


 意識を失いそうになる。

 痛みさえ感じないほどの一撃だ。もはや体は動かず、地面を転がりながら倒れる。


「ヘルメス!」


 シルフィーの悲痛な声が聞こえた。

 しかし、俺の体は動かない。焼け焦げ、今にも死にそうだ。


『でたらめな出力ではないか! 気をしっかり持て、ヘルメス! ドラゴンソウルがある! まだ、お前は負けていないぞ!』

「……てる。わか……って、る!」


 少しずつ体が動くようになってきた。ドラゴンソウルの適応能力が、今の一撃に耐えられるよう肉体を強化、再構成していく。


 震える手をわずかに持ち上げ、自分自身に上級神聖魔法を発動。

 小さな光の雫が、俺の体を瞬時に癒す。


「ほう。まだ立ち上がるのか、人間」


 足腰に力を入れてなんとか体勢を戻す。

 ミカエルは嬉しそうに笑っていた。


「当たり前だろ。こんなところで、死んでたまるかよ!」


 今までにない強い感情が、俺の全身を駆け巡っていた。

 まだ、戦える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る