第316話 天使と竜

 俺の前に立ちはだかった天使ミカエル。

 彼女は、勇者が残した聖剣に見合う人物かどうか、実力を含めて俺を試すらしい。


 聖剣は別にいらないって言ってるのに、強引に謎の空間へ連れ去られた。

 白塗りの世界で、天使ミカエルが光の剣を構える。


 どうやら戦いは避けられないらしい。

 俺も同じように剣を構え、——先に天使ミカエルが地面を蹴った。


 一瞬にして俺の目の前にやって来る。


「ッ⁉」


 想像を超える速さだ。移動した瞬間が俺の目からもほぼ見えなかった。

 気づいたら目の前にいた、と表現するべきだろう。


 天使ミカエルは、構えた剣を斜め上から振り下ろす。

 それをドラゴンスレイヤーで受け止めた。


 直後、


「重ッ⁉」


 凄まじい衝撃が俺の全身を駆け巡った。

 わずかに膝を曲げ、少しでも衝撃を和らげる。


「ほう。我の一撃を止めるか。ずいぶん鍛えているじゃないか」


 続けて天使ミカエルは、剣を引いて連撃を仕掛けてくる。

 一撃の腕力は俺を超えていた。素直に受け止めていたらそのうち剣が握れなくなるな。


 反射的に後ろへ下がり、ミカエルの追撃を躱す。


 最初こそ彼女の脚力には驚いたが、剣速自体は追えた。一撃でも喰らえば致命傷は避けられないであろう攻撃を、紙一重で避けていく。


「どうした? 防戦一方では勇者として認められないぞ!」

「誰も、認めてほしいなんて言ってねぇだろ!」


 左右から振るわれる高速の薙ぎ。それを後ろに退いて躱すと、流れるように地面を蹴ってミカエルに迫る。


 今度は俺から攻撃を仕掛けた。

 全力で剣を振り下ろす。


 天使ミカエルは、その攻撃を易々と防御してみせた。


「ふっ。人間にしてはマシだな。あくまで他の有象無象に比べれば、だが」


 キィィンッ!

 剣を弾かれる。


 やはり腕力では勝てないな。速度は拮抗している。何か彼女を上回るものは……。




「——任せなさい、ヘルメス」




 背後からシルフィーの声が聞こえた。

 続いて、シルフィーの起こした風が、ぐるぐると天使ミカエルの周りを囲む。


 魔力の反応を視れば、あれが内側にいる対象を不可視の刃でズタズタにする魔法だと解る。


 なんてえげつない魔法を……。

 俺がドン引きしている間にも、風は縮小していき、天使ミカエルの体を——。


「甘い! 精霊ごときの魔法で我が倒せるものか!」


 ゴオオオッ!

 唐突に天使ミカエルの体から炎が噴き出した。


 黄金色の美しい炎だ。

 炎はシルフィーが発生させた魔法を軽々と吹き飛ばし、その熱量が離れた俺にまで届いた。


「くっ! なんだこれ……魔法か?」


 確かに天使ミカエルの体からは魔力の反応があった。

 だが、あんな炎は見たことがない。俺の知らない魔法か?


 疑問が増えるものの、それを気にしている暇はなかった。

 炎をまとった状態で天使ミカエルが突っ込んでくる。


 俺は咄嗟に剣を盾に相手の攻撃を防ごうとするが、加速の加わったミカエルの一撃は、俺の防御を貫いて吹き飛ばす。


 抵抗虚しく地面をバウンドしながら後方へ転がっていく。


「ヘルメス!」

「お前も喰らっておけ」

「きゃああああ⁉︎」

「シルフィー!」


 即座に体勢を整えた俺の前で、シルフィーが黄金の炎に焼かれている姿が見えた。


 まずい。魔法だからシルフィーにもダメージを与えられるのか!


『華奢な女子おなごのくせにずいぶんと強いな。このままでは不利だ。俺様の力を使え』

「解ってる!」


 肩から生えてきた黒いモヤ——ニーズヘッグの言葉に、怒りを孕んだ声で返す。

 せり上がった熱量をぶつけるように叫んだ。




「——ドラゴンソウル‼」




 スキルが発動。魔力が全身を駆け回る。


 熱さに身を焦がされそうになるが、構わず俺は地面を蹴った。

 ドラゴンスレイヤーを構えて天使ミカエルに斬撃を放つ。


「それがお前の奥の手か! 面白いぞ、人間!」


 炎に包まれたシルフィーを放り投げ、ミカエルは俺の一撃を受け止める。

 当然、ドラゴンソウルの性質上、俺は彼女の膂力には勝てない。


 あっさりと剣を弾かれ、炎に包まれた拳が俺の腹部へと突き刺さる。


「かはっ!」


 痛みと熱量が体を貫いた。


 口から血が出る。腹が燃えて重度の火傷を負っていた。

 それを後ろに跳んでから神聖属性の魔法で治し、休む間もなく再び地面を蹴る。


「うん? 何かしらの切り札を使ったのだろう? その程度か?」


 言いながら天使ミカエルは同じように俺の攻撃を防ぐ。

 何度斬り込んでも彼女の防御は崩せない。——そう思っている彼女の剣を、何度目かの打ち合いで弾く。


「ッ⁉ どういう——」


 ミカエルの言葉は最後まで続かなかった。

 わずかに動揺した隙を突き、俺の拳が彼女の頬を捉えて殴り飛ばす。


 渾身の一撃だ。地面を転がり倒れた天使を見下ろし、俺は告げる。


「今のはシルフィーの分だ」

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