第366話 白金の竜

 しばらくウンディーネと一緒に草原地帯を歩いていると、


「……ん?」


 眼前に、何か大きくて白いものを見つけた。


「なんだあれ」


「卵みたいですね、まるで」


「確かに」


 ウンディーネの言うように、近付くほどに鮮明になるその姿は、白い卵のようだった。


 しかし、卵の大きさは俺の何倍もある。こんなデカい卵があるか、と突っ込みたくなった。


「でもなんで卵が道の途中に落ちてるんだ?」


「さあ……何か意味はありそうですね」


「とりあえず割ってみるか」


「割ってみる⁉ いきなり卵を⁉」


 鞘からドラゴンスレイヤーを抜き放った俺を見て、肩のウンディーネが驚愕する。


「そりゃあ、気になるなら卵は割っておけって誰でも教わるだろ」


 義務教育だぞ。


 当然のように言う俺に、ウンディーネは怪訝な声を発した。


「教わりませんよ。それは妖精の私にも分かります」


「けどいつまでも放置するのはな……デカすぎて道を塞いでるし」


 そうなのだ。この卵、ちょうど柵に囲われた道の幅と同じくらいデカい。だから卵を割るか卵の上まで上っていかないと通れない。


「無視して上ればいいじゃないですか」


「攻撃されたらどうするんだ」


「卵に?」


「……卵に」


 この人はいったい何を言ってるんだろう、という目でこちらを見ないでほしい。


 中身の無い鎧が魔力で操られていたように、この卵も何かしら敵の配置したトラップに違いない。


 そう読んだ俺の意見に気づくと、ウンディーネは「うーん」と考え出す。


 その間に俺は剣を上段に構えた。


「本当に割るんですね。化け物が出てきても知りませんよ」


「ドラゴンを倒したこともあるんだ、生半可な敵じゃ驚きもしないよ」


「まあ、それもそうですね」


 納得したウンディーネ。


 であれば俺も力を込めてドラゴンスレイヤーを振り下ろす。


 剣が卵に触れ、——キィィィィンッ! という甲高い音を立てて弾かれた。


「ッ! かっっった!」


 なんて硬度だ。全力ではなかったとは言え、レベル90以上の筋力パラメータに耐えるなんて!


 おそらく全力でも割れるかどうか怪しい。


「あらら。これは上ったほうが早いですかね」


「みたいだな」


 残念、とばかりに俺は肩をすくめた。


 すると、ふいに卵の上から亀裂が入る。


「え? 今ので割れた……のか?」


 手に伝わってきた感触からして、到底割れるとは思えなかったが……。


 一応、少しだけ後ろに下がって様子を窺う。


 少しして卵のヒビが下まで続いた。パキッ、という音を鳴らして真っ二つに割れる。


 中から出てきたのは、


「ど、ドラゴン⁉」


 黄金色の鱗を持つ、これまでに一度も見たことがない神々しいドラゴンだった。


 さすがに俺もウンディーネもあんぐりと口を開いて驚く。


「へ、ヘルメスさんがドラゴン云々って言うから、本当にドラゴンが出てきましたよ⁉ しかもめちゃくちゃ強そうです!」


「俺のせいじゃないだろ」


 常識的に考えて、元からドラゴンが入っていたのは間違いない。


 だが、それにしても神々しい外見だ。まるで神の使徒とでも言わんばかりの白金である。


「空洞の鎧に続いて、今度は黄金の竜とかレパートリーが凄いな」


 とりあえずドラゴンスレイヤーを構えた。


『むっ。なんだあの出来損ないの竜は』


 最近ずっと大人しかったニーズヘッグが、同種の気配に気づいて顔をしかめる。


 実際には顔など見えないが、声だけでも嫌そうなのが伝わってきた。


「出来損ない?」


『あの体躯を見ろ。俺より小さい』


「あ、そう」


 同じドラゴン同士、何か目には見えないものを感じ取ったのかと思ったが、ただのサイズ自慢だった。うるさいから黙っててくれニーズヘッグ。


 やれやれとため息を吐きながら、俺は剣を構えて地面を蹴——、


「……おや? ここは……ふむ。見たところティターニア様が生み出した空間といったところか」


 急に目の前のドラゴンが流暢な言葉を発した。思わず体がぴたりと止まる。


「しゃ、喋った?」


 ニーズヘッグ以外で言語を介するモンスターを見るのは二度目だ。


 魔族は人間に近いからカウントしていない。


「あなたは人間……ですね。しかし、妖精といい、体内から感じる邪悪な気配は……竜?」


『あやつ、俺と同じように喋れるのか』


 これにはニーズヘッグも驚ていた。


「最初は勇者かと思いましたが、それにしては妙な気配を漂わせていますね。何者ですか」


 声色からして女性っぽいな。というか雌か。


 知性を感じさせる口調に困惑しながらも返事を返す。


「何者って、ティターニア曰く勇者らしいぞ」


「ほう。新たな勇者ですか。ずいぶん時間が経ったのでしょうね」


「お前は誰だ? ティターニアとどんな関係がある」


「わたくしは光竜。特に名前はありません。お好きに呼んでください」


 ぺこりと礼儀正しく彼女? は頭を下げた。次いで、


「この体はティターニア様によって創られたもの。わたくしに与えられた役目は一つ。——勇者を試すことに他なりません」


 ハッキリと、そう言った。

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