第365話 空の鎧

「ヘルメスさん、本当に先に進むんですか?」


 歩き出した俺の肩に乗ったまま、ウンディーネが不安そうな声を漏らす。


 気持ちは痛いほど分かるが、


「このままずっと意味不明な場所に居座り続けるのも怖いしな」


 ここは未知の世界。じっと待っていたら元の洞窟や森に帰れる保証はない。ならば、いっそ前に進むべきだと判断した。


「それはそうですが……明らかに罠ですよ、これ」


「ああ。ティターニアかノームの仕業だろうな。俺に何をさせたいんだ?」


 最初は単なる嫌がらせかとも思ったが、それならこんな空間に閉じ込める必要はない。


 それとも、異空間に閉じ込めることこそが嫌がらせ? 脱出させない的な。


 だとしたら見事な作戦だと言わざるを得ない。俺には結界や異世界の壊し方なんてわからないからな。


 雑草を踏み締めながら前に進む。距離が縮まるほど前方の空間の歪みがなくなった。少しずつだが遠くが見える。


「見たとこ、殺風景な世界だな」


 いくら歩いても景色は一向に変わらない。


 遮るものが何もないから周りは宇宙のような空間のままだし、手すりの付いた柵は真っ直ぐ道を作っていた。


 そもそもどこなんだろうな、ここは。


「ウンディーネは何か知らないのか? この世界に関して」


「いえ、残念ながら。雪の国にはありませんでしたよ、こんな世界」


「妖精にすらわからないなんて、本格的に俺を閉じ込めておくだけの場所か?」


 後頭部をかきながらただ歩く。


 しばらくすると飽きてきた。ストレスも溜まってくる。


 ウンディーネという名の話し相手がいなかったら、早々に暴れていたかもしれない。


 しかし、ようやく変化が訪れた。


 長い直線の道を歩いていると、宙に浮かぶ鎧が。


 騎士ではない。鎧だ。カチャカチャと音を立てて、中身のない人形がゆっくりこちらに下りてくる。


「なんだあれ」


「よ、鎧が動いてますよ! 中身ないのに!」


 ウンディーネがひぃぃっ! お化け! と小さく悲鳴を漏らした。


 似たような存在のくせにあれが怖いのかよ。


「お前もお化けみたいなもんじゃん」


「全然違いますよ! お化けはこんなに可愛くありません!」


「自分で言うのか」


 凄い自信だな。


「それに、あの鎧からは魔力の反応があります。魔法で動かしているんでしょうね!」


「やっぱり似てるじゃん」


 魔力で動く鎧と魔力でできた妖精。


「似てません! いいから構えてください。間違いなく敵ですよ!」


 ウンディーネの言葉に反応して、鎧の周りに様々な武器が具現化される。


 あれも魔力で作られたものか。握り締める握力がないから武器を浮かばせて戦うと。


 敵意は明らかだった。


「やれやれ……暇に潰されるかと思ったら、ちゃんと敵がいるんだな、ここには」


 腰に下げた鞘から剣を抜き、構えた。


 お互いに距離を詰めながら様子を窺い——同時に走る。


 幾つもの武器が上下左右から迫る。それをウンディーネの魔法で吹き飛ばす。


「よっと」


 攻撃が弾かれた瞬間、懐に入って鎧を斬りつけた。


 鎧は頑丈だ。キィィィンッ! という甲高い音を立ててドラゴンスレイヤーによる一撃を耐えた。


 それでも充分なほど鎧は凹み、衝撃を受けて何十メートルも吹き飛ぶ。


 だが、すぐに鎧は立ち上がった。


 凹んだ部分を魔力で修復し——ない?


「うん? なんであいつ、鎧を直さないんだ?」


 操られているだけだから鎧は実物なのか?


 それなら確かに妖精とはちょっと違うな。それに、攻略も容易い。


 切断すべき箇所はないが、鎧をべこべこに潰せば終わりだろ?


 再び剣を構えて地面を蹴る。


 そこからはほぼ一方的に俺が謎の鎧を殴り続けた。




「終わり……か?」


 地面に転がって動かなくなった鎧の破片を見下ろし、俺はホッと息を吐く。


 あれから十分ほど鎧を斬り続け、時に殴ってぶっ壊した。


 少し時間はかかったが、頑丈な鎧という以外に長所もないし、別に強敵でもなんでもなかったな。


「なんだったんでしょうね、この鎧」


「さあな。やけに頑丈だったし、特別製なのは確かだ」


 俺がこれまで見てきた鎧の中でも最高の品質を誇っていた。正直、今すぐ奪って装備したいほどだ。


 しかし、斬り裂き小さくなった鎧は、もはや破片で着ることはできない。


 しょうがないとはいえもったいない気持ちは残る。


「それより先に進もう。また何か出てくるかもしれない」


「戦うことに意味があるんですかね」


「こういうのは意外と意味があるんだよ」


 元がゲームの世界だということを考慮すると、敵を倒していけばこの世界から出る手がかりを入手できるはずだ。




 ……できる、よね?




 ゲームの世界じゃないからちょっとだけ不安になった。


 それでも俺たちはさらに先を目指す。


 まさかその先で、あんな化け物と遭遇するとは思いもしなかったが……。

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