第364話 またもや拉致られる

 土の精霊ノームの話によると、この先にティターニアが作った祠があるらしい。


 その祠は何の変哲もない祠だが、選ばれた勇者だけは入ることを許されている。


 この場合の許可はよく分からないな。


 ノームや他の妖精たちが入ることはできている。それでもわざわざ言葉に残したということは、勇者が入ることで何かしら意味があるってわけだが……。


 うーん、実に怪しい。


「他には何か有益な情報はないのか」


 俺は変わらずノームの首に剣を当てる。


「あ、ありません……」


 彼女は降参したように大人しくなった。全てを話し終えてしおれている。


「ハァ。そうか」


 まあいい。次の手がかりを見つけられただけラッキーだと思っておこう。


 俺は魔法を解除して剣を鞘に納める。


「ウンディーネ、行くぞ」


「あれ? もういいんですか? というより、ノーム様を放置するんですね」


 ふよふよと青色の妖精が俺の肩に座った。


「言っただろ、シルフィーと同じ精霊をあまり手にかけたくないって」


「優しいですねぇ」


「シルフィーやお前のせいだよ」


 仮に彼女たちと関わっていなかった俺なら、精霊や妖精が敵対したら迷わず斬り殺したと思う。


 二人に会って軟弱になったと捉えるべきか、心が崩れなかったと誇るべきか。地味に答えに迷うな。


 それでも俺はどこかスッキリした気持ちでその場を離れる。


 ノームは俺に言葉を投げるどころか、追う素振りすら見せなかった。




▼△▼




「……行きましたね」


 森の奥へ姿を消すヘルメスの背中を見送って、黒髪の精霊ノームは深いため息をついた。


「まったく。新しい勇者はずいぶん強くて乱暴ですね。気持ちは分かりますが、もう少し手加減してくれてもいいのに」


 周囲の土を柔らかくして埋まっていた体を地上へ出した。


 近くに数匹の妖精が寄ってくる。


「ノーム様大丈夫ですか?」


「苦しそうだった。苦しそうだった」


「怪我してないー?」


「平気ですよ。私たちは魔力で肉体を構成していますからね。例え魔力に干渉されても肉体を作り替えることでいくらでも傷は癒せます。まあ、苦しかったというのは本音ですけどね」


 先ほどまでの苦しみはノームからしても耐えられないほどのものだった。


 つい情報を話してしまったが、結果的にこれが運命なのだと彼女は受け入れている。


「それより……かの勇者はどこまで進むことができますかね。ティターニア様が仰っていたかすかな希望とはいったい……」


 ヘルメスが消えた先を見つめながら、ノームは小さく呟いた。


 言葉の意味を知るのは、ノームを除けばティターニア本人だけだった。




▼△▼




 しばらく森の中を歩く。


 サラマンダーに襲われ、ノームと戦ったあとは急に平穏になった。


 捕まえていた妖精たちも適当に逃がし、ついてくる気配もない。果たしてどれだけ歩けば祠かサラマンダーを見つけることができるのか。


 俺は退屈に殺されそうになりながらもひたすら歩いた。


 すると、やがて切り立った崖と洞窟を発見する。


「ん? まさかあれが祠に続く道か?」


 洞窟の奥からわずかに覚えのあるオーラを感じた。この感覚は、フリージア小王国の祠と同じだ。


「なんだか妙に心地いい場所ですね」


「あの洞窟が?」


「はい。リラックスできます」


「意外と陰気な奴なんだな、ウンディーネって」


「違いますよ⁉」


「冗談冗談」


 本気で叫んだ彼女に「ごめん」と謝る。


 しかし、落ち着く場所か。ならば間違いなくあそこがノームの言ってた祠だろう。勇者だけが足を踏み入れることができる場所……。


 罠の臭いがぷんぷんするが、他に手がかりもないためとりあえず洞窟の中へ入った。


 何がきても力で粉砕すればいい。罠をかけるにしたって、最初から森中に罠を張ればいいわけだしな。きっと何かしら意味があると思う。


 俺の不安とも言える内心を肯定するように、洞窟に足を踏み入れた瞬間、洞窟がぱぁっと光を放つ。


 目を開けられないほどの輝きだった。


「————ッ」


 少しすると光が弱まる。目を開けると、


「あ? なんだここ」


 先ほどの森とは違う、草原地帯に俺はいた。


 きょろきょろと周りを見渡す。なぜか草原地帯のはずなのに道を示すように白塗りの柵が設置されていた。


 目の前には十字路。道は左右と前に繋がっていて、不思議なことに、奥へ続く道が霞んでいた。空間が歪んでいるように先は見えない。


「天使の時もそうだったが、勝手に人を拉致するのやめてくれないかな」


「天使?」


 肩に座っていたウンディーネが首を傾げる。


「天使を名乗る変質者に誘拐されたことがあるんだ。こんな感じでな」


「あー、そういえばそんなこともあったような」


「聖剣を押しつけてきてヤバい奴だったな」


 正直もう会いたくないがまた会いそうな予感はする。


 が、今はそれより現状だな。


「ひとまず先に進むか。進まないかぎり帰れそうにも見えない」


 ちらりと背後を振り返る。


 その先には道など何もなかった。よく見ると、この大地は謎の宇宙みたいな空間に浮かんでいる浮島だ。意味わからん。

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