第224話 武士道

「さあ……て。頑張って活躍しましょうか、クク!」


「くるぅっ!」


 意識を落としたヘルメス。


 彼は、それに気づいたツクヨとヴィオラに運ばれていった。


 後に残るのは、侍とシルフィー、そしてククたちだ。


 シルフィーもククも、ヘルメスのためにやる気まんまんである。


「おお! クク様も一緒に戦ってくれるのか! 俺たちの後ろにはクク様がついているぞ!」


「馬鹿! クク様には前で戦ってもらわないと、クク様が攻撃できないだろ!」


「とりあえずクク様がいる! 今はそれでいい! みんなで絶対に、救世主様が回復するまで頑張るんだ!」


「そうだそうだ! いつまでも救世主様ひとりに抱っこしてもらって、お前らは恥ずかしくないのか!?」


「おおおおおお!」


 侍たちの叫びがいくつも重なり、びりびりと空気を震わせる。


「ずっとずっと、俺は自分が嫌になってた。救世主様ひとりに任せて見守ることしかできない自分が……それをどこかでホッとしてる自分が!」


「ここで前に出なきゃ、一生俺たちは負け犬だぞ!」


「救世主様に恩を返すんだ! 今度は俺たちが、救世主様を救う番なんだ!!」


 侍たちの士気は限界以上に高まっていた。


 それを見てシルフィーがうんうんと頷く。


「いいじゃない。ずっと後ろで見てた割にはやる気があって。この私がいる以上は、一人だって死なせないわ! それが……ヘルメスのためだものね」


 ふっと彼女は優しく笑う。


 いつだってどんな時だって、シルフィーはヘルメスのために働いてきた。


 今もそれは変わらない。


 外の世界へ自分を連れていってくれた彼のために、シルフィーは全力で戦うことを決める。


 それはククも同じだった。


 ぎらぎらとその双眸には熱意が宿っている。


 タイミングよく、森の奥から複数の魔物が現れた。


 レベルはどれも40ほど。


 恐らくどれくらいの強さかは、ずっと見ていた侍たちもわかる。


 殺される恐怖に怯えながらも、それぞれが刀を抜いた。


 一斉に走り出す。


「行くぞおおおおおお!」


「おおおおおおお!!」


 叫び、一番前にいる魔物へ——。


 刀を振り上げた瞬間。


 一陣の風が彼らの前に吹く。


 一瞬だ。ほんの一瞬で魔物たちがバラバラにされる。


 不可視の攻撃が炸裂した。


 何が起きたのか理解できない侍たちは、皆が一様に唖然とした。


 しばらくしてから、




「——えええええええ!?」


 彼らの叫び声が森に響く。




 ▼△▼




 目の前にいた魔物が、急にバラバラになった。


 地面を赤く染め上げる鮮血を見下ろして、侍たちが震える。


「い、一体何が……」


「今のは魔法か? もしや、クク様が?」


「くるぅ?」


 ククは首を傾げる。


 シルフィーのみ「ボクじゃないよ?」というククの声が聞こえた。


 シルフィーはくすくすと笑う。


「ふふ。ククがいると魔法を出しても怪しまれないのね。ちょうどいいわ。そのままククは自分が魔法を使ったっぽく演出しなさい。それ以外は好きに戦っていいから」


「くる」


 了解、とククは頷く。


 片や侍たちは、ククの圧倒的な力に歓喜の声をあげていた。


 もはやプチお祭り騒ぎだ。


 やれやれとシルフィーが呆れているあいだに、新たな魔物が現れる。


「あら? 魔物が急にやられて焦ったのかしら? これだから竜は短気で嫌になるわ」


「くる!」


「ああ、はいはい。ククだけは別よ。それでいい?」


「くるっ」


 うむ、と言いたげにククが頷く。


 シルフィーは内心、「人間に似てきたわね……ヘルメスの影響かしら?」と呟く。


 それほどククは喜怒哀楽が豊かだった。


 目の前にいる魔物と同じはずなのに。




「よ、よし! お前らクク様に続くぞ! 俺たちなら、救世主様が戻ってくるまで耐えられるはずだ!」


「おおおおお!」


 侍たちの士気がさらに高まった。


 魔力をバカスカ消費できないシルフィーは、折を見て魔法を使う。


 なるべき侍たちのピンチを助けるように動いた。


 ククは逆に、誰よりも先頭に立って戦う。


 その高火力の打撃、高耐久力を活かしタンクとして働いていた。


 おかげで、当初のシルフィーの予想よりかなり安定した戦いになっている。


 魔物は依然やってくるが、今のところ犠牲者なく数時間ほどが経過した。


 一度魔物たちが勢いを止めると、休んでいた他の侍たちと交代する。


 人数だけは確保できていた。


 撤退と交代を繰り返し、順調に彼ら彼女らは戦っていく。


 なるべく時間を稼ぐように、慎重に。すべては救世主であるヘルメスのために。


 ヘルメスさえ復活すれば、黒き竜すらなんとかできると信じている。


 ヘルメスはそれくらい、信じるに値する働きを見せた。


 まさに、現状ではヘルメス以外に頼れる者はいない。


 この状況とて、ヘルメスが頑張ってくれたおかげだ。


 だから、彼らは命すら懸けられる。




 侍の魂は……死んでいない。

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