第223話 後は任せなさい!

 黒き竜の作戦か。ある日を境に、竜の里へ多くのモンスターが押しかけるようになった。


 それも一度に来るのではない。


 わざわざ時間をズラしてやってくる。


 この作戦のウザい点は一つ。


 対応する側の体力がガリガリ削られていくこと。


 人間には三大欲求というものがあって、食事と睡眠に限っては抜けば死ぬ。


 体力の回復もほとんどままらぬ状態で、何日も何日も俺は戦った。


 当然、体力の限界はやってくる。


 俺だって人間だ。どれだけレベルを上げてもそれだけは鍛えようがない。


 根本的な生き物としての限界だけは——。




 ▼△▼




「ハァ……ハァ……ふう」


 すべての魔物を倒してホッとひと息つく。


 辺りには、いまだ回収できていない魔物の死体も含めて、夥しい数の魔物が倒れていた。


 その九割ほどを俺が倒した。


 ぶっちゃけ、一人だけ仕事量が違いすぎる。


「ヘルメス、あなたはもう限界よ。かなり息が上がってるわ……」


「し、シルフィー……そんなことないさ。俺はまだやれる。眠れないおかげで逆に頭は冴えてるんだ」


「寝不足なだけでしょ! 私は反対だわ。その隈、鏡でちゃんと見てきなさい! 酷いものよ」


 びしりと目元を指差すシルフィー。


 彼女の指摘はもっともだ。俺とて休めるものなら休みたい。


 ——しかし、休めないのだ。


 俺以外の里の人間では、この辺りに生息するレベル40程度の魔物も倒せない。


 きっと俺が休む傍ら、多くの人が死ぬ。


 実際にはそこまで死者は出ないかもしれないが、ネガティブな意見ばかりが脳裏を過ぎる。


 そのせいで、最近は仮眠もまともにできていない。


 シルフィーが言うように、きっと俺の隈は酷いのだろう。


 それでも歩みを止めなかった。一生懸命に剣を振った。


「ごめんね、シルフィー。俺も休みたいところだけど、いま抜けるわけにはいかないんだ」


「なに馬鹿言ってるのよ! いいから強制的に休む! ここから先は——私の番よ!」


「……え? シルフィー、たち?」


「あれを見なさい」


 後ろを指差すシルフィー。釣られて俺は背後へ視線を向ける。


 すると、竜の里のそばには、多くの住民が集まっていた。


 侍たちだ。緊急時の待機を命じられているはずの彼らが、どうしてあんな入り口に集まって……。


 その答えは、彼らの行動が教えてくれた。


 ジッと見つめている俺の前で、彼らが急にこちらへ走り出す。


 口々に、


「行くぞおおおお!」


「救世主様を守るんだああああ!」


「一人にだけやらせるんじゃねぇ! 俺たちはこの里の侍だろうが!!」


 と叫んでいた。


 俺が困惑している間に周りを囲まれる。


 その集団の中には、ツクヨとヴィオラもいた。


 ぱしっと彼女たちに手を握られる。


「ツクヨさん? ヴィオラ様?」


「行きますよ、ルナセリア公子様」


「急いでください!」


 ぐいぐいっと里の入り口へと引っ張られた。


 俺は頭上に〝?〟を浮かべる。


「ま、待ってください、二人とも。魔物はまだ向こうに……!」


「ダメです!」


 俺の言葉をぴしゃりとツクヨが切る。


「これ以上、ルナセリア公子様を戦わせるわけにはいきません」


「ドクターストップですよ、ヘルメス様。あなたは無茶をしすぎる」


「無茶なんてそんな……。俺は……」


 二人が何を言いたいのかはすぐに理解した。


 理解した上で、それでも俺は戦いたいと主張する。


 しかし、それを二人は拒否した。


「何度でも言います。ダメだと。ルナセリア公子様はもう限界です。しっかりと休んでください!」


「でも、俺が戦わないと他の人たちが……!」


「それが侍たちの仕事です。彼らは自らの意思で死ぬことを選んだのです。ルナセリア公子様……いえ、救世主様のために」


「そんな……」


 俺は認められない。俺のために誰かが死ぬなんてことは。


 足を止めて無理やり二人の手を振りほどこうとした。


 けれど、その前にたしかに聞こえた。シルフィーの声が。




「いいからさっさと寝てきなさい。言ったでしょ? あとは私たちに任せなさいって」


「シルフィー?」


 ちらりと背後を見る。


 そこには、親指を立てて自信満々に笑う彼女の姿があった。


 そして、竜の里のほうから一つの大きな影が。


 ——ククだ。


 翼を動かして空を飛び、シルフィーのもとへ向かう。


「クク!? なんでククが……」


「ルナセリア公子様のために、クク様が戦場へ赴くと決めたのです。我々はそれを尊重し、お互いに協力することにしました」


「まさか……あの二人!」


 ツクヨの言葉でハッキリする。


 シルフィーとククの奴、俺が休んでいるあいだに戦うつもりだ。


 一人でも多くの里の人間を救うために。


 妖精は寝ている状態でも契約者から魔力を引き出せる。そしてククはこの里に帰ってきてから強くなった。


 たしかに二人がいればかなり安全に戦えるだろうが……。


 迷う。しかし、決断は案外あっさりと出た。


「…………わかった。あとは、任せたよ?」


 その言葉がシルフィーに届いたのか。彼女はにんまりと笑ったまま、「お任せあれ!」と呟く。


 直後、俺の意識は完全に暗転した——。

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