第225話 終わり

 目を覚ます。


 視界にベージュ色の天井が見えた。


 ぼやけた視界をこすり、起き上がる。


「ッ!」


 体が重い。それに痛みが走る。


 わずかな眩暈と疲労感を抱いて、俺は床に手をついて倒れそうになった。


 なんとか起き上がることには成功する。


「ここ……ツクヨさんの屋敷か?」


 きょろきょろと周りを見渡し、そこが見慣れた景色だと気付く。


 最後の記憶は、たしか里にモンスターが押し寄せてきて——。


「そうだ! シルフィーたちが——ッ!?」


 ダメだ。


 急いで立ち上がろうとすると、そこで体力の限界を迎える。


 膝が曲がり、鉛のように重い体が床に倒れた。


 その物音を聞いて、部屋の外から足音が聞こえてくる。


 少しして、目の前の襖が開いた。


 入ってきたのは、ヴィオラ。


「ヘルメス様!? どうなされたんですか!」


 床に無様に倒れる俺を見て、彼女は慌てて歩み寄る。


 腕や肩を掴んで起こしてくれた。


「す、すみません、ヴィオラ様。立ち上がろうとしたら体が重くて……」


「あれほど何日も連戦したのです、当然でしょう? 今は少しでもお休みください」


「そうもいきません。俺が倒れる前、シル……ククたちがモンスターと戦いましたよね? 早く助けに行かないと……」


「いけません、ヘルメス様」


 ぴしゃりとヴィオラに拒否される。


 動こうとする俺を、彼女は無理やり押さえつけた。


「あなたの体はもう限界です。まともにひとりで動けないのがその証拠! それに、ご安心を」


「あ、安心?」


「今のところ侍やククさんたちは順調にモンスターを討伐しているらしいです。死者も出ていません」


「ククたちが!?」


 まさかあれだけのモンスターを相手にして無事なわけが……いや、そもそも時間はどれだけ経ったんだ?


 シルフィーがいるとはいえ、俺の魔力を消費し続ける以上は、何日も連戦できるとは思えない。


「はい。ヘルメス様が倒れて一日ほど。つまり今は翌日になりますね」


「一日も俺は寝ていたんですか……」


 そんなに疲れていたのか。


「なら、余計早く助けに行かないと……俺が行かないと、ほかの人たちやククが……」


「だから先ほど言ったでしょう? まだ死傷者は出ていません。ククさんが大活躍してるそうですよ?」


 ヴィオラにぐいぐいっと無理やり布団に押し込められた。


 力が出せないため、それを振り切る手段はない。


「ククが……大活躍?」


「ええ。なんでも、風を操る魔法を使って侍たちを援護したり、爪や牙、炎を出して戦っているそうです」


「風を操る魔法……」


 それはククじゃない。シルフィーだ。


 彼女は妖精魔法への適性がないとそもそも視ることも叶わない。


 俺以外では、この里の人間で適性を持つ者はいないのだろう。


 結果、唯一ククが魔法を使えると勘違いしたってところか。


 シルフィーが出す魔法なら、一番弱いやつでもレベル40くらいのモンスターは倒せるしな。


 そんな威力、クク以外には出せないと思っても不思議じゃない。


 だが……それにしてはあまり魔力が減ったという気がしなかった。


 自分が今どれくらい魔力を持っているのかは、感覚的にわかる。


 それでいうと残り二割くらいかな?


 一日経ったのだとしたら、十分すぎるほど残っていた。


「ささ、ヘルメスはまだおやすみください。きっとすぐにモンスターたちの猛攻は終わります」


「それはどういう……」


「ツクヨさんの話によると、徐々にモンスターの出現する頻度が落ちて、数も少なくなっているそうです。恐らく今日中にはすべて終わるかと」


「数が……減っている?」


 それはつまり、相手側がモンスターを使い切っているってことか?


 まだ竜が復活するまで時間がある。このまま終わってしまえば、わざわざ俺の体力を必死になって削った意味がない。


 俺が考えるに、今回の攻めは……検証もかねている、とか?


 黒き竜は人の言葉を介し、相当に知能も高かった。


 こちらの戦力を分析し、今後に活かそうとする狡猾さがあってもおかしくない。


 だとすると……恐らくまだ相手が抱えているモンスターはそれなりにいる。


 一度目でどれくらい相手が動けるのか。それを把握した上で第二撃。


 今度は本気で潰しにかかってくるだろう。


 俺の考えが当たっていたら、かなりまずいな。




「ヘルメス様? 深刻な顔してどうしました?」


「あ、いえ……なんでもありません。とりあえず休みますね」


「はい。ごゆっくりと。何かありましたら私の名前を呼んでくださいね? なんでもしますよ」


 それだけ言ってヴィオラは部屋を出ていった。


 視線を横に向けて窓の外を見る。


 今、こうして休んでいるあいだにも、シルフィーたちは戦ってくれている。


 俺ができることは……。


 少しでも休み、できるかぎり早く復帰することだ。今の状態で外に出ても、俺は並みの侍以下だろう。


 それに、俺の考察が当たっているなら、むしろ俺は復帰しないほうがいい。


 これだけやれば俺は復帰できない。——そう、相手が認識してくれることを祈って瞼を閉じた。




———————————

あとがき。


今日は嬉しいことがありました!

よかったら近況ノート見てね!

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