第48話 魔法の特訓
「あれ……? なんでセラ嬢がこんな所に?」
馬車から降りたセラ・クリサンセマム男爵令嬢の屈託のない笑顔を見て、足を止めた俺は呆然と呟く。その呟きが彼女の耳にも届いたのか、セラは目の前にやってくると勢いよく俺の両手を掴んだ。白くなめらかな指が、「逃がさん」と言わんばかりに力を込める。
「もちろん、ヘルメス様に魔法を教わりに来ました!」
「魔法?」
きょとん、と頭上に≪?≫を浮かべて首を傾げると、みるみる内にセラの表情が曇っていった。頬を膨らませて、彼女は瞳を伏せながら不満を零す。
「もう……忘れちゃったんですか? 前にフレイヤ様と一緒に鍛錬に付き合ってもらった時、私には魔法を使った戦闘が合うんじゃないかって言ってくれたじゃないですか! 夏休みに入ったら教えてあげるよ、とも」
「あー……」
言われてみるとそんな無責任なことを言った覚えがある。あれはたしか、実戦形式の特訓を繰り返してもなかなか技術を吸収できないセラを見て、「そう言えば彼女には風の魔法適正が一応あったなぁ……」と思い出した時のこと。
風魔法は火力の部分で火魔法に劣り、日常面の便利さで水魔法に負ける。防御面では土魔法にも敵わないため、基本的に外れ魔法では? とセラは首を傾げていたが、俺はそうは思わない。戦闘面での補助にこそ風魔法の真髄はある……かもしれない。
それを聞いたセラが、瞳を輝かせて「詳しく!」と迫ってきたところまでは思い出せた。あとはたぶん、適当に後回しにしておけば彼女も忘れるだろうと夏休みを指定して、いまに至る。
どこまでも考えなしの過去の自分を殴りたいと思ったが、進んだ時は巻き戻せない。一度約束した以上は、どんな理由があろうと違えてはならないと母が言っていた。特に異性からのお願いはね、とも。
偶然にも緊急性のある予定はないので、「それはまた今度で……」という言葉をなんとか呑み込んで、口元を引き攣らせながらセラの願いを聞き入れることにした。
「そうだった、ね。
「あれ? 着替えてどこかへ出かけようとしていたのでは? いいんですか? 急に予定を変えても」
「問題ないよ。ダンジョンへ行こうとしてただけだから」
「ダンジョン!」
ウィクトーリアに続いてセラまでもが、その単語に興味を向ける。残念ながらダンジョン探索にはお願いされても行かないよ。約束は守るが、それとこれとはまた話が違う。
「はいはい。ダンジョンよりいまは魔法でしょ。中庭のほうで練習しようか」
「え、でもダンジョンのお話も……」
「時間なくなるけどいいの?」
「うっ……わかりました」
とどめの一撃を加えると、セラはあっけなく白旗を振った。うな垂れる彼女に不思議な達成感を覚えながら、俺は踵を返して自宅へ戻る。格好はそのままに、花壇をぐるりと回って中庭を目指す。セラがその後に続いた。
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「それじゃあこれより、セラ嬢の魔法訓練を始める。初級魔法くらいはさすがに覚えてるよね?」
中庭にやって来た俺とセラは、ひらけた雑草の上に陣取って向かい合う。朝陽が突き刺さって暑苦しいが、魔法の訓練を家中で行ったら大変だ。俺が両親に怒られる。
「はい。魔力量は少ないですが、数発ほどなら問題ありません!」
「よしよし。それならすぐにでも訓練に入ろう。失敗を繰り返してでも体に叩き込むんだ。魔法を発動する感覚を」
「具体的には、どの魔法を使えば?」
「そうだね……ここは加速に使える≪突風≫あたりが妥当かな」
下級風属性魔法≪突風≫。
読んで字のごとく、強風を起こす魔法だ。魔法による現象なので、普通の風より強かったりする。中級魔法の≪晴嵐≫が使えるならそっちのほうがより強い風を広範囲に起こせるが、いまのセラには不可能だし下級魔法でも十分だろう。
試しに、セラからやや距離を離して俺が使ってみる。魔力が風に変換され、体をぐるりと回って背中を押した。押したっていうか吹き飛ばしたっていう表現のほうが適切だ。
熟練度を上げると、風を起こす場所の指定が自由になるため使い勝手もいい。問題は、ブレーキが存在しないことと、加速による衝撃で体勢が不自由になる点。実戦で使えるようになるには、相当な練習が必要になる。
ロケット噴射ばりにセラの後方まで一気に飛んだ俺を見て、風圧で髪を激しく乱しながらも、セラは期待の目を向けていた。脱帽! と言わんばかりに口を開く。
「風魔法を自分の体に当てて勢いをつけるだなんて……! 発想がすごいです!」
「いててて……そ、そうかな?」
AGIにものをいわせて無理やり着地を決めた俺は、背中に感じるジンジンとした痛みに耐えながらセラのほうへ振り返る。前世じゃわりとありふれた使い方だが、攻撃に偏ったこの世界では、魔法を自分に当てる、という発想は珍しいのかもしれない。
しかし……。
「でもこれ、結構ダメージくるから気をつけてね。乱発すると思わぬ事故を招くかもしれない」
他人から攻撃されるならともかく、自分自身の高いINTから打ち出された魔法は、同様のVITを容易く貫通する。血が出たり激痛を感じたりするほどではないが、それでもダメージを受けたことに変わりはない。
背中をさすりながら念のために注意しておく。
「わかりました! 練習でも気をつけるようにしますっ」
素直に俺の忠告を聞いたセラは、早速、先ほどの俺と同じように自分の背中に向けて≪突風≫を撃ち出す。案の定、
そんな彼女の姿を眺めつつ、日陰に退避してあとは見守る。時折、降参とばかりにヒントを求めてくる彼女に指導して、時間はゆっくりとだが流れた。
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