第3話 恋愛アクションRPG

 恋愛アクションRPG<ラブリーソーサラー>。略してラブソー。


 そのふざけたタイトルからは想像できないほど高い難易度を誇り、アクション好きもRPG好きもギャルゲ好きもエロゲ好きも沼へ叩き込んだ名作。


 残念ながらR-18版で売り出された本作は、子供がプレイすることはできないが、18歳以上の大人には馬鹿売れした。コンシューマー版が発売したらそれも買おうと思ったくらいの名作だ。


 そして、その世界に俺はいるらしい。


 蘇ったヘルメスの記憶が、如実にそうだと語る。


 確かめるための判断材料にしては、根拠のない妄想かと思われるが、異世界に転生してる時点で大抵のことは納得できる。だからすんなりゲームの世界に入れたことを理解した。理解したというか、納得できた。


 問題は、<ヘルメス・フォン・ルナセリア>なんてキャラクター、ゲームには登場していないということ。


 まさかモブなのか? こんなにイケメンで金持ちでバリバリ権力を持つ公爵家の人間が、モブなのか?


 普通、こういう転生ものの定番は主要キャラクターとかに転生するもんじゃないの? もしくはじわじわ人気を博する<悪役転生>とか。


 でも以前のヘルメスくんの記憶には、主要キャラクターとの絡みがないのはもちろん、悪行にあけくれるような姿はない。むしろ善行を積んでるくらいの良い奴だった。当然、顔よし性格よし家柄よしの俺ことヘルメスくんは、過去の記憶でめちゃくちゃモテてた。童貞だが、恋愛経験ゼロだが、とにかくモテる。モテる要素を除けば、まんま前世の俺だ。泣きそう。


「ヘルメス……? どうした? 記憶は、戻っていないのか?」


 急に俺が無言になったことで、喜びから一転、ものすごく不安そうな顔を浮かべる両親。慌てて俺は首を横に振った。


「ごめんごめん。記憶は戻ったよ、父上、母上。心配かけてごめん。記憶喪失は一時的なものだったらしい」


「そうか! よかった……安心したぞ。いくら記憶がなくても家族だと言ったが、他人行儀な態度をとられては、心が痛む。昔のままのお前で父はホッとしたよ」


「母も安心しました。ああヘルメス……母の胸に飛び込んでおいで」


「え」


 なにそれ。


 両手を広げて俺を待つ母の姿に、さすがの童貞もドン引きした。先ほどまでは完全に赤の他人で、「めっちゃ美人じゃん好き」とか思ってたが、ヘルメスの記憶が戻った途端、好意は単なる家族愛へと変わった。あるべき姿だからこそ、母親に素直に甘えることができない。


 やや頬を引き攣らせた俺は、「さあさあ!」と輝かんばかりの笑みを浮かべる母を見て、色んな意味で葛藤するハメになった。


 結局……途中から泣きそうな顔にシフトした母に負け、顔を真っ赤にしながらも母親を抱きしめる。


 メイドさんこと<フラン>と父の生暖かい視線が背中へ刺さり、余計に心が苦しかった。


 もう二度とやらない。




 ▼




 俺がヘルメス・フォン・ルナセリア公爵子息として目を覚ましてから、およそ二週間の月日が経った。


 その間、<王立第一高等魔法学園>へ通うべく、事故で衰えた体をひたすら鍛えた。おかげでそれなりに運動できるようになったのは僥倖である。


 他にも、今後の異世界生活で必要になる<あるもの>を見つけた。


 それは……




「<コール>」




 <王立第一高等魔法学園>へ向かう馬車の中で、対面に座ったメイドのフランに聞こえない程度の声量で呟く。すると、パッと目の前に半透明のウインドウが現れた。慣れ親しんだゲームのステータス画面に頬が緩む。


「? なにか言いましたか、ヘルメス様」


「いや。なにも」


 しれっと嘘をついて意識をステータス画面に戻す。


 このステータス画面、実はヘルメスの記憶が戻るのと同時に使えるようになった。理由はわからないが、そう唱えることで使える、というのが本能的にわかったのだ。


———————————————————————

名前:ヘルメス・フォン・ルナセリア

性別:男性

年齢:15歳

レベル:1


STR:1

VIT:1

AGI:1

INT:1


知能:1

魔法熟練度

<火>下級(1)

<水>下級(1)

<風>下級(1)

<土>下級(1)

<神聖>下級(1)

<闇>下級(1)

剣術:下級(1)

魅力:100

———————————————————————


 こういうのワクワクする。見てるだけで楽しい。


 だが、俺はステータス画面を一瞥してすぐに気付いた。自分の異常性に。


 レベルが1で、どの熟練度も低い? 違う違う。そうじゃない。


 目を付けるべきポイントは、1であること。


 下級って一番下なんでしょ? それがどうかしたの? と恐らく俺以外の一般人はみんな思うだろうが、<ラブリーソーサラー>をプレイしたことのある人間は、このステータスを見て歓喜に打ち震えるはずだ。


 なぜなら、熟練度に<下級>や<数字>が表記されているということは、その魔法に対して適性があることを示している。


 言わば俺は、全ての属性魔法に適性を持つ。


 公式の設定で、本来は生まれながらに一つくらいしか適性のある属性は持っていないというのに。


 これはゲームの主人公と同じだ。主人公もまた、全属性魔法への適性がある。それゆえに平民でありながら、貴族ばかりが通う<王立第一高等魔法学園>へ特待生として入学を許されたわけだが……ふふ。そんな主人公とほぼ同スペックを持つヘルメスくん。ゲームを知るファンからしたら涎が出るほど嬉しい。


 なんでモブが主人公と同じスペックなんだよふざけんな! とかネットで叩かれそうだが、俺は知っている。異世界へ転生した者には、往往にしてこういった<特典>があることを。


 だから深くは考えない。どうせ意味もない。


 今は希望ある未来を素直に喜んでおく。


 けどやべぇ。なぜか<魅力>だけカンストしてる件。本編が始まる時に、主人公のステータス表記だと1だったはずなのに。どういうこと? ヘルメスくんのあまりにも整いすぎた美貌が、初期値をバグらせてしまったのだろうか?


 これも深くは考えない。そういうものだと受け入れる。


 俺が自分自身のステータスを見ながらあれやこれと妄想を膨らませてる内に、気付けば外の景色ががらりと変わっていた。ガタガタと揺れる馬車はそのままに、対面に座ったメイドが言う。


「ヘルメス様、<学園>が見えてきましたよ。建物が大きくて壮観ですねぇ」


 フランの言葉に耳を傾け、釣られるように視線を横へ離す。俺の意識が他へ向いたのを察知? したステータス画面が、音もなく消えた。それに気付く間もなく、俺もまた視界に広がる光景に感嘆の息を漏らす。


「おぉ……ゲームで見るより圧倒的なデカさ!」


「え?」


「え?」


 やばっ。感動して思わず口に出してしまった。ゲームなんて単語、言われてもフランは知らないってのに。


「あ、いや……ナンデモナイヨ? 気にしないでくれ?」


「なぜ疑問系なんですか、ヘルメス様。怪しいです……」


「ただの独り言だ。それより、あそこが今日から通う学園か。ずいぶんと立派じゃないか」


 かなり強引な話題の逸らし方だが、学園に関して尋ねられれば、メイドである彼女にはスルーできない。怪訝な眼差しを向けながらもちゃんと答えてくれる。


「王族の方々が出資しお造りになられた施設ですからね。代々王族も通う由緒正しき場所。貴族への外聞も含めて、相当な額のお金が動いたとか」


「ふうん……それを聞くと逆に無駄遣いだと思ってしまうのは、きっと俺だけなんだろうね」


「ヘルメス様だけですね。貴族は贅沢を好む。莫大な費用のかかった学園に通えるというだけで、平民からしたら一種のステータスです」


「そういうものか。俺はただ、自分がどんな風に成長できるのか楽しみでしょうがないよ」


「昔からヘルメス様は魔法がお好きでしたからね。それに、ヘルメス様は……全属性の魔法に対する適正を持ちます。学園にその名が轟くのも、時間の問題ですね」


「あはは。精々頑張るよ。ルナセリア公爵家の名に泥を塗らない程度にね」


 もちろん嘘である。


 やり込んだゲームの世界に転生したのだ、目指すべきいただきは最強以外にありえない。


 これが主人公に転生したとかなら話は別だが、モブならモブで、ヒロインなど無視して行動できる。全ての時間を自分のことだけに使えるなら、ゲームでは不可能だった万能最強無双プレイも夢じゃない。


 当然、俺はそれを目指す。


 徐々に大きくなっていく校舎を眺めながら、噴き出しそうな程の高揚感を抑え、俺はにやりと笑った。


 ゲームの始まりを告げる鐘の音が鳴り響く——。

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