第4話 主人公とヒロイン達
人どころか平民の家が丸々入ってしまいそうなほど巨大な門を潜る。
正門を潜ると、そこから先は<王立第一高等魔法学園>の敷地内だ。真っ直ぐに延びるように舗装された石畳と、それを囲む緑色の
しばらく他の生徒たちが乗る馬車と並んで石畳の上を移動していると、
ゆっくりと馬車が停止するのを確認してから、フランと俺の順番で降りた。すでに下駄箱付近は新入生たちで溢れかえっている。
「外からの眺めも凄かったが……こうして内側から見る景色も壮観だな」
「そうですね。この時期にしか見れない光景かと」
「たしかに」
生徒で昇降口が溢れかえるのは、入学式を控えた今日を除けば夏休みなどの長期休暇直前以外はありえない。今からそこへ俺も加わるわけだが、ほんの少しだけ躊躇われ、ものの一分ほど流れる彼らの背中を視線だけで追った。
すると、
「——あ」
群衆の中に、見覚えのある背中が見えた。
俺の知り合いじゃない。ヘルメスの記憶ではなく、生前の記憶がそれを捉える。
五人の少女だ。
美しい金色の髪をなびかせて威風堂々と歩くのは—— <ミネルヴァ・フォン・サンライト>。
冬の雪を連想させる真っ白な髪にクールな雰囲気—— <フレイヤ・フォン・ウィンター>。
どこか温かい新緑の髪を巻いた、叡智の象徴たる—— <アウロラ・フォン・クラウド>。
魔法を愛し、魔法に愛された申し子。稀代の天才—— <レア・レインテーナ>。
神聖魔法への適正とは裏腹に凶悪な二面性を持つ—— <イリス・エレクティア>。
金。白。緑。黒。桃。
それぞれの特徴を示す色の髪を揺らした彼女たち。遠目でありながらも俺の目からは、しっかりと存在感を放っていた。
同じ学校に在籍するのだから、顔を合わせる機会は多いだろうと予想していたが……見つけるのがあまりにも早すぎる。
別に関わり合いになったわけでもないし、俺はふるふると顔を左右に振って、やや強張った表情筋を元に戻す。
落ち着け。俺は主人公じゃない。彼女たちの問題を解決するのは、原作主人公に任せて……俺は俺の人生を歩めばいい。そうすると誓ったじゃないか。
改めて自分の掲げた目標を脳裏に浮かべ、なんとか平静を保つ。あわやヒロイン達にアタックしかけたが、もう前世同様の一般庶民ではないのだ。公爵家の人間として分別ある行動を心がけねば。
……それはそれとして、後ろ姿でも記憶のフォルダーに彼女たちのことは保存しておく。ファンだしこれくらいは許されるよね?
▼
靴を履き替えて校舎に入る。事前に自分がどこのクラスに所属するかは、手紙によって通達されていた。迷うことなく指示された教室へ向かう。
新入生に割り振られる教室は、基本的に一階か二階にある。俺の場合は二階だ。階段を上って角を曲がると、<1-1>と書いてある扉が見えた。
なぜ二階にある教室が<1-1>なのかは疑問だが、そんなことより気になることがあった。ちらりと教室内を覗くと、俺の記憶通りにある少女たちがすでに席に座っていた。
——そう。メインヒロイン達だ。
学校からの手紙に<1-1>と書いてあった時から気付いていたが、<ラブリーソーサラー>の主要キャラクター達もまた<1-1>に在席する。
つまり俺は、モブで前世の知識を持ちながら、彼ら彼女らの同級生であり同じクラスのクラスメイトなのだ。
あー……前の席に座る茶髪の平凡顔は、ゲームで時折表示されるCGに映った主人公に相違ない。あのどこにでもいる感じの顔は、貴族ばかりが通う<学園>において逆に目立つ。
できるだけ彼らとの接点を無くし、変に騒動に巻き込まれない展開を望んでいたのだが……同じクラスである以上、一定の繋がりは許容するしかない。純粋なファンの気持ちとしては、交流できるなら涎が垂れそうなほど嬉しいが、キャラのシナリオによっては普通に死人が出るのでそこら辺の線引きが難しい。
どうか平穏な日常をください、と心の中で願って、背後で首を傾げるフランと共に教室へ足を踏み入れた。
すると、俺の登場に大半の女子生徒の視線が向く。
彼女たちの視線を見るまでもない。黄色い眼差しが全身を貫くのがわかった。
「相変わらずの人気ですね。令嬢方のギラギラとした視線が、メイドである私にも刺さります」
「まあ彼女たちは十五歳だからね。学園にいる同級生と言えば、自分の婚約者にちょうどいいし、俺はまだ誰とも婚約してないから……」
「油断すると襲われかねない雰囲気ですねぇ。お一人で行動する際は十分に気をつけてください」
「わかってるよ。彼女たちには悪いが、まだ恋愛をする気はないんでね」
そう言って俺は、空いてる席……なるべくヒロイン達から離れた位置に座る。しばらく机の中に入ってた教科書をパラパラとめくりながら暇を潰していると、校内中に響き渡るほど鐘の音が聞こえ、担当の教師が教室へ入ってきた。
「皆さんおはようございます。<1-1>を担当するテレシア・フロイドと申します。担当と言っても私の専門は魔法座学なので、あまり顔を合わせることはないでしょう。それでも一年間、よろしくお願いしますね」
教師テレシア・フロイドが頭を下げたことで、生徒である俺たちも「よろしくお願いします」と言って頭を下げる。
ヘルメスによるとフロイド家は子爵。教師まで貴族とは筋金入りだな。
「では挨拶もそこそこに。皆さんは廊下に出て並んでください。三棟横にある<第一訓練場>にて、皆さんの入学式を行います」
教師テレシアの合図に従って、<1-1>に在席する生徒が全員廊下へ出た。順番は適当だ。俺は一番後ろに並び、点呼が済むなり動き出した列のあとを追いかける。
第三棟は、<王立第一高等魔法学園>校舎を区切る三つの棟の一つ。正門を真っ直ぐに突っ切ると見える正面の建物が<第二棟>。昇降口を通って左に曲がると<第一棟>。逆に右へ曲がると、主に授業で使われる施設のある<第三棟>へ行ける。
わざわざ校舎を三つに区切るほどデカい建物とはこれ如何に。
座学だけではない。剣術に魔法の実技訓練まで入ると、それだけ大きな施設が必要になるということか。
ゲームをプレイしてる時は微塵も疑問に感じなかったが、こうして直接見て聞くと、そこまで金をかける必要はあったのかと思う。きっとあるのだろう。前世が平凡だった俺には理解できない。する必要もない。
下級生や二年生の教室がある<第二棟>を出て、渡り廊下を過ぎると、目的地である<第三棟>に着く。一番手前の<第一訓練場>には、<1-1>の除く全新入生が集まっており、昇降口で見た光景をはるかに超えた賑わいを見せる。
用意された席に招かれ、俺たちが着席するのを確認すると、やや遅れて訓練場の照明が落ちた。スポットライトを浴びる有名人が如く、明るく照らされた壇上に老齢の男性が姿をみせる。
「新入生の諸君、入学おめでとう。私はこの学園の学園長を務める——」
▼
学園長を名乗る男の挨拶。直近で行われる行事などの説明をしたあと、来た時と同じようにクラス単位で徐々に生徒たちは教室へ帰る。
訓練場へ入るのが一番遅かったなら、教室へ帰るのも一番遅い。それに対して不満があるわけじゃないが、どこの世界でも入学式など時間の無駄だと俺は思う。事実、教室に戻った俺たちを待っていたのは、<自己紹介>という名の公開処刑だった。友達もいない、話すのが得意でもない奴にとっては、クラス中から視線が集まる自己紹介はあまりにも難易度が高すぎる。
かと言って俺だけ無視するわけにもいかず、なんとか前世の哀しき記憶を隅に押しやって、面白くもない自己紹介を終わらせる。
というか、俺の自己紹介は無事に終わったが、ちらちらと女子生徒からの視線が鬱陶しい。自分の名前を名乗る度に俺のほうを見るのはやめてくれないかな?
「婚約者相手にどうですか!?」と言わんばかりの顔されても、卒業するまで恋愛する気は今のところない。恋愛よりやりたいことが多すぎるのだ。
今もさっさと入学式を終わらせて、学園の施設の一つである<図書室>に向かいたい気持ちをグッと堪えている。あそこには、今後の俺の成長には欠かせない本があるのだ。序盤から効率よくレベリングするには、<図書室>の存在は必要不可欠。
ヒロインたち以外の自己紹介は全部スルーして、俺は想いを馳せる。
その願いが通じたのか、気付けばクラスメイト全員の自己紹介が終わっており、教師テレシアが「明日からは通常通りに授業が行われます。遅刻しないように気をつけてくださいね」と言って、本日は解散となった。
やったー。これでもう午後は丸々時間自由。
俺は早速、授業で使う教科書なんかをフランに手渡し、図書室へ向かうと宣言して教室を出た。
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