第5話 熟練度上げ

 校内の見取り図を確認しながら、<第三棟>二階にある図書室へ足を踏み入れる。


 上級生たちは皆、今も授業に集中しているのだろう。図書室には他の生徒の姿はなかった。本を管理する司書を除けば、完全に俺の貸切状態だ。


 慌てず急がず。俺は目当ての本を探す。


「あの、ヘルメス様? どうして入学初日にいきなり<図書室>に? 何の本をお探しなんですか?」


「そう言えばフランには目的を話してなかったな。<魔法書>を探してるんだ」


「<魔法書>を? なぜ……」


「もちろん魔法を覚えるためだよ。中等部には<初級>の魔法書しかなかったが、高等部の図書室には、当然<中級>の魔法書がある。……はずだ」


 そう。そのはずなのだ。


 確証がないのは、ヘルメスの記憶にその情報がなく、頼りになるのが俺の生前の記憶だけだから。もしかするとゲームとは違うのではないか。そう考えれば考えるほど、不安は胸中で大きくなっていく。


 その不安を払拭するためにも、こうして入学式が終わった途端に足を運んだのだ。たとえまだ俺に中級魔法の習得が無理だとしても、あるかどうかは確認しておきたい。


「中級の魔法書……中級の魔法書……」


 ぶつぶつともはや怪しい人間以外の何者でもない俺。それでも何も言わずにフランは見守ってくれる。そして、不審者になってでも魔法書を見つけたい俺の気持ちが天に届いたのか、本を探して数分。意外にもあっさりとそれは見つかった。




「——<火属性・中級魔法書>……これだ!」




 生徒が頻繁に閲覧するため、魔法書は入り口からすぐ見つかる棚に並べてあった。


 ずらりと横に並ぶのは、他の属性の魔法書。


 神聖や闇まであるのだから、俺の不安は一気に払拭された。


 よし。中級の魔法書がここにあるなら、計画に変更はないな。ゲームでは不可能だった膨大な時間と前世の知識を使って、効率よくレベリングを始めよう!


 さしあたって、目下の目標は……二ヵ月後に行われるへの準備、だな。


 魔法書の表面を見つめながら、俺は「ふふふ」と不気味な笑みをこぼすのだった。




 ▼




 <中級>の魔法書を元の棚に戻し、フランを連れて男子寮へと向かう。


 <王立第一高等魔法学園>は、貴族が通う学園でありながら、入学すると三年間は生徒専用の寮での生活を強いられる。これはゲームを円滑に進めるための製作者の配慮ではないかと思ったが、わざわざ家から学校まで馬車で往復する手間が省けて助かる。実際、貴族用に建てられた寮は、前世で俺が住んでたアパートより立派だ。部屋は広く、生活に必要な物が全て揃ってる。


 <406号室>の扉を開けて、短い廊下を通り抜ければリビングに出る。窓を開けて外の景色を眺めると、四階だけに学園内部がくっきりと見えた。花の咲き誇る花壇はもちろん、ドーム状の訓練場すら窺える。


「悪くないな。登下校も楽だし、三年間と言わずにずっとここに住んでもいいくらいだ」


「笑えない冗談はやめてください、ヘルメス様。留年でもなさるつもりですか」


「留年ってあるんだ。強制的に卒業させられると思ってたよ」


「今は戦時でもありませんからね。魔法使いの育成は慎重に行われています。なので、決して手を抜かないように! 公爵家の人間が留年なんてしたら、旦那様方が哀しみますよ」


「あはは。わかってるよ。言ってみただけだ。俺だって、やる以上は全力で取り組む。明日からの授業が楽しみだ」


 まあ、本当に楽しみなのは休日だが。


 勉強なんて適当に本を読めば、ステータスの<知能>数値が勝手に上がる。ゲーム様様な仕様だ。けど、キャラクターレベルだけは、ダンジョンや街の外で魔物を狩らないと上がらない。ついでに剣術や魔法の熟練度を上げるいい機会でもあるし、さっさと週末にならないかな。


 王都に点在するダンジョンの中でも、序盤のレベリングに最も適した場所すら俺は知ってる。もちろんそこを攻略するつもりだが、そのためにも必要な魔法を覚えないといけない。


 そのためにわざわざ今日は図書室へ行き、<中級>の魔法書があるかどうか確認したのだ。そして俺の予想通りに、魔法書は自由閲覧可能。


 まだ熟練度が低くて<中級>の魔法を覚えることはできないが、魔法書があることを確認できただけでも十分だ。


 熟練度を<下級>から<中級>に上げるだけなら、そこまで難しくない。


「さて。授業でいい成績を取るためにも、強くなるためにも、今から魔法の訓練を始めないと」


「今から、ですか? なにもそこまで急ぐ必要は……」


「時間は有限だよフラン。やりたいことがたくさんあるんだ。一分一秒だって無駄にできない」


 そう言うや否や、俺はヘルメスくんが記憶している魔法を引っ張り出す。


 魔法の発動に必要な魔力の操作は、この体が覚えてる。


 脳裏に浮かんだ魔法名を、ごく自然に呟いた。




「——<後光>」




 神聖属性<下級>魔法。


 身体能力を強化する補助魔法だ。具体的な効果は、一時的なSTR、VIT、AGIの上昇。効果時間はINTの高さに比例する。今の俺の貧弱すぎるステータスなら、上昇値も低ければ持続時間も短い。だがそれでいい。


 魔法の熟練度とは、魔法が発動し効果が出て初めて上がる。他の治癒や攻撃魔法を使っては、熟練度が上がらないか、部屋をメチャクチャにしてしまう。自室でもできる、なおかつ回転数が望める強化魔法の発動こそ、今の俺にはピッタリだった。


 念のためステータス画面を開いて熟練度を確認すると、ちゃんと1から3に増えていた。ゲームだった頃は、この熟練度を上げるのに何日使ったことか……。


 しかし、この世界の時間の流れはゲームのように早くない。MPさえ回復すれば何度でも魔法が使える。公爵家の財力を使って高価な<MPポーション>を買い漁ってもいいが、それをするのはもう少しあとだ。どうせ休日にならないとダンジョンへは行けないし、平日くらいはのんびり熟練度を上げよう。


 その後も、静かにフランに見守られながら、俺はMPが回復するたびに神聖魔法を唱え続けた。




 ▼




 翌朝。


 気だるげな体を引きずって教室に入る。


 俺は知らなかった。MPを何度も枯渇させると、翌日の体調に響くということを。まさかこんなにも体が重く、やる気が出ないとは思わなかった。MPの自動回復速度も下がってるし、ゲームと違ってリアルは、無理をするとちゃんと後々に影響が出るらしい。


 背後から感じるフランのジト目を気付かないフリして席に座る。


 最初の授業はなんだったかなと黒板を眺めていると、ふいに、横から声をかけられた。視線を向けると……




「やっほ~。たしかヘルメスくんだったよね? あ、敬称とか敬語とか無しでいいよね? 学校ではそういうのいらないって先生も言ってたし」




 何の因果か、腰まで伸びた黒髪を揺らして、人懐っこい笑みを浮かべた——<レア・レインテーナ>に絡まれた。

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