第2話 異世界転生⁉︎

 鏡面に、知らない顔が映っていた。


 反射的に確認の意味を込めて右手を振る。すると、鏡に映った謎の少年も同じ動きをした。


 今度は左手を持ち上げ、にこりと笑ってみると……やはり同様に鏡の中の少年も動く。


「俺の頭がおかしくなってなければ、鏡に映ってるのは……」


 俺、だよな。


 最後の一言は心の中で呟く。


 そして。


 ……。

 …………。

 ………………。


 五秒ほどが経過。




「はぁあああああ!?」




 盛大に叫んだ。


 テレビで放送されるびっくり人間を見た時以上の衝撃を受け、よろよろと後退し、力なく躓いて尻餅をつく。


 手や尻に感じる痛みを無視して、再度、俺はおそるおそる鏡面を覗き……うん、変わらない。


 黒髪に黄金こがね色の瞳をした少年が、変わらず鏡面に映っている。どこにもいない感じのイケメンだ。先ほどにこりと笑ってみせたが、その輝きはメンズアイドルすら霞む。二次元の世界にしかないような美貌である。


 ぱちくりと激しく瞬きをしてから、ゆっくりと立ち上がった。


「いやいやいや。おかしいだろ。昨日までは平凡な日本男児だったのに、目覚めたら外国風? のイケメンに改造されてた件。こんなのもう整形じゃない。肉体改造とかイケメンに転生したアレだ……」


 まじまじと三面鏡に近付いて自分の顔を見つめる。どこから見てもイケメン。瞳なんてまるで宝石のようだ。もうあと十年ほど成長すれば、町を歩くだけで女性に襲われるだろう。魔性とは今の俺のことだ。一体どこの非合法施設で改造すればこんな風に進化できる? 可能なら戻りたくないんだが……。


 そもそも自分の外見以外の情報がまったくわからない中、最初に抱いた疑問など忘れて自ら? の美貌に酔いしれる。「下手すると男も釣れそうな顔だなぁ」とか馬鹿みたいなことを言ってると、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。そのおかげで意識が現実に戻る。


「……ん? もしかしてメイドさんが戻ってきたのかな?」


 くるりとその場で反転。背筋を伸ばして角の入り口を見つめていると、俺の予想通り、ノックもせずに数名の男女が部屋に入ってきた。そのメンバーの中には、先ほどのメイドさんも含まれる。


「ヘルメス! ようやく目を覚ましたんだな! 医者はいつ目を覚ますかわからないと言っていたが……よかった。よかった!」


「ああ……あなたの元気な顔が見れて、母は嬉しいです。事故に遭ったと聞いた時は、まるで自分のことのように苦しくなりましたから」


「……母?」


 え? お母さん? 誰の? ヘルメスくんの?


 ……ヘルメスって俺じゃん。つまり、部屋に入ってきたメイドさん以外の二人の男女は……俺の両親ということになる。たしかにメイドさんは、ヘルメスくんの両親を連れてくると言って部屋を出た。

 しかし、しかしだ!




 ——これのどこが俺の両親!?




 おかしいだろ!? 俺の母親は二十代に見えるほど美人じゃないし、涙脆くもない。あと、二十センチほど腹回りの肉が足りてないが? ダイエットしたの?


 父親のほうもそうだ。枯れ地みたいな頭はどうした! ふさふさの桃源郷になってるじゃん。老いて刻まれた皺はどこで削ってもらった! お前も改造したのか父よ!?


 ある意味、自分の肉体改造以上の両親の変化にビビる。改造っていうかもはや別人。骨格も体型も声も違う。……あ、俺もだった。


 これら全てを、シ○ッカーによる無断改造と断定するには無理がある。冗談だと適当に吐き捨てた<転生>なる単語が、ここにきて意味を成す。


 ゲーム、アニメ漫画に小説。二次元コンテンツを愛する俺だからわかった。わかるというか、そうだと思いたい。




 どうやら俺は……異世界に転生しちゃったらしい、と。




 ▼




 異世界転生。


 それは、二次元好きのアニメオタクなら誰しもが焦がれるフィクション。


 例に漏れず俺だって「剣と魔法のファンタジー世界に転生したい」とか考えたことある。


 だが、そんな一般オタクな俺が、まさか本当に憧れた異世界に転生できるとは思ってもみなかった。しかも外見URの最強イケメンに。


 しいて文句を言うなら、イケメンでもそれなりの年齢(十代半ばか後半くらい)なのと、自分自身がよくわかっていないということ。メイドさん達は俺が馬車に轢かれたと言ってたが、その際に魂が入れ替わったのかな? だとしたら、今ごろ現実世界にある俺の体には、ヘルメスくんの魂でも入ったのか。それともただ単純に現実世界の俺は死んで、たまたま魂の抜けた器がそこにあったのか。いくら考えてもその答えは出ない。


 ひとまず俺は、おうおうと号泣する両親やメイドを横目に、静かに現状を把握する。まだまだわからない事は多いが、異世界転生した事実が知れただけでも大きい。少しは心構えする余裕が生まれた。


 そろそろ両親たちに声をかけて、このカオスな状況をなんとかしよう。


「あー……その、なんだ。メイドさんからもう話は聞いてると思うけど、実は俺、記憶がないんだ。お二人のこともどこの誰かまったくわからない。そんな俺でも、息子と呼んでくれますか?」


「当たり前だろう! 記憶の有無なんかで我々の絆が壊れることはない! 昔も今も、お前は我が家の一員だ。ヘルメス・フォン・ルナセリアで間違いない」


「ヘルメス……フォン、ルナセリア……それが俺の名前なんですね」


「ええ。なにか思い出せるかしら?」


「うーん…………あ」


 そんな簡単に思い出せたら苦労しない——と言いかけて、俺は目を見張る。




 うそん。思い出しちゃった……。




 ふいにヘルメスの記憶が脳裏を駆け巡る。まるで最初からそれらを知っていたかのように、自然とこれまでの人生を受け入れられた。


 しかし、蘇った記憶の中に、現在の俺の記憶と一致する情報があった。


「<王立第一高等魔法学園>……?」


 待て待て。その名前はたしか——。


「おお。まさかもう思い出したのか? そうだ。お前は近日中にその学園へ入学することになっている。事故の影響で入学を先延ばしにする予定だったが……体調に問題なければ、予定通りに入学するといい」


「……マジか」


 情報の一致と父の言葉に、俺は今日一の衝撃を受ける。


 <王立第一高等魔法学園>に入学だと? 信じられん。


 なぜなら、<王立第一高等魔法学園>とは……前世で、まだ日本人だった俺が転生する前にプレイしてたゲームに登場する舞台。


 ということは、ここは——<ラブリーソーサラー>の世界ということになる。

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