第104話 生徒会長

 ミネルヴァたちに半ば連行される形で第2訓練場にやってきた。


 扉をあけるとそこには、昨日と同じく先客がいた。


 カーラ副会長のさらに上、王立第一高等魔法学園の頂点に君臨する女性が。


 彼女の名前は、ノルン・フォン・クナウティア。


 カーラ副会長とともに学園を支える生徒会の会長である。


「久しぶりだねぇ、ミネルヴァ様。元気そうで何よりだよ~」


 のんびりとした口調で訓練場に足を踏み入れたミネルヴァに話しかける生徒会長。


 眠たげな目付きとは裏腹に、ただ者ではない気配を纏っていた。


「ええ、お久しぶりですねノルン生徒会長。会長も早くに特訓ですか?」


「えへへ。実はそうなんだ~。カーラに、学園最後の対校戦だから少しは頑張れって言われてさ。本当は面倒なんだけどねぇ。カーラや他の生徒、ひいては第一学園の名に泥を塗るのも嫌だしねぇ」


「相変わらず飄々としていますわね。実力はたしかなんですから頑張ってください。学園の全生徒があなたに期待してますよ」


「だから嫌なんだよー。わたしにそんな期待されたって、今年はどうせ目立たないし、あんまり目立ちたくもないしねぇ」


 そう言った彼女の視線が、ゆっくりと俺の顔を捉える。


 覇気の欠片もない眼差しに不思議な色が見えた。


「な、なにか……?」


 ジッと見つめられて気まずくなる。


 単調直入に尋ねると、ノルン生徒会長はにへっと柔らかな笑みを浮かべた。


「ううん。ヘルメスくんは人気者だねぇ。学園中、キミに期待してるよ。生徒だけじゃない、教師ですらキミにね。さすがは天才一族の跡取り。聞いたよー。剣術と魔法、どちらの代表も務めるんだって? すごいねぇ。わたしの在学中にそこまでの評価を貰った人はいないよ~。もちろん、キミの姉だって不可能だった」


「あはは……。恥ずかしい結果は残さないようにしますね」


「ふふ。平気だよー。たしかに今年は、第2学園にも天才が生まれたって言われてるけど、本物の天才はどちらか見せ付けないとねぇ」


「そんなの決まっていますわ! ヘルメス公子以上の才能の持ち主がいるのなら、わたくしが見たいくらいです。悔しいですけどね」


 ふふん、となぜかミネルヴァが胸を張って答える。


 嬉しいけど、女性に言葉を奪われるとなんとも気まずい空気になるのはなんでだろう。


 まるで守られているように見えるから?


 いやいや、気にしすぎだ。くだらないプライドは捨てて、気になることを尋ねる。


「ありがとう、ミネルヴァ。でも、その第2学園の天才はそんなにすごい才能の持ち主なんですか? よく話題にあがりますけど」


「んー、どうなんだろ。聞いた話によると、その天才くんは多数の生徒をたったひとりで制圧できるとかなんとか。しかも剣術だけじゃない。魔法も複数の属性が扱えるんだってさ。どこかの天才くんと似てると思わない?」


「複数の生徒をたったひとりで……」


 ふむ。それだけ聞くとたしかに強そうなイメージを抱く。


 学生だからまだレベルはほとんど上がっていないだろうが、それでも一方的に打ちのめせるとしたら、少なくとも20は超えてると見るべきだろう。


 でなきゃ話題にあがったりはしない。


 だが、20だろうと30だろうと俺には関係ないな。脅威にはならない。片手間で倒せる程度の相手だ。


「しかも教師にすら勝っちゃうんだってー。現役の騎士を完封したって話は、やっぱりヘルメスくんによく似てるよ~」


「げ、現役の騎士を完封……!? 本当にヘルメス様のようではありませんか!」


 かつて俺が【学年別試験】において、剣術試験の担当である騎士を完封したことを知ってるミネルヴァが驚きの声をあげた。


「だよね。そう思うよねぇ。でも、それでもわたしは信じてる。きっとその天才にウチの天才は負けない! ってね。どう? 意気込みのほどは」


「うーん……。戦う以上はもちろん勝つ気でいきますよ。いまのところそこまで脅威とは思えませんし。ただ……」


「ただ?」


「俺の予想を超えてくる相手なら、それすら超えたいと思います」


 ゲームにはいなかった相手だ。恐らく相当に強い可能性がある。


 しかし、それでも俺は負けられない。最強に手を伸ばす以上、同年代の剣士に負けてはいられない。


 たしかな決意とともにそう言うと、ノルン生徒会長は満足げに頷いた。


「そっかそっか~。いいねぇ。さすがはヘルメス様。いい覚悟を持ってる。聞いたよー。昨日、あのカーラを剣術で打ち負かしたんだって~? すごいねぇ。カーラは学園最強の剣士だったはずなのに」


「どうしてそれを……?」


「今朝、本人から聞いたんだよー。珍しくカーラが嬉しそうにしてたから理由を尋ねたら、『ヘルメス様に剣術で負けてしまって……。これはもう、お嫁さんにしてもらうしかありませんね』ポッ! って感じで」


 くねくねとわずかに体を動かしてカーラ副会長の真似? をするノルン生徒会長。


 絶対にウソだとわかるが、隣に並ぶミネルヴァは信じたらしい。


 顔を赤くして烈火のごとく怒った。


「——そ、そんなの許しませんわ! ヘルメス公子が勝ったのに、なぜカーラ副会長を娶らないと……!」


「まあまあ、落ち着いてミネルヴァ。ただの、ノルン会長の悪ふざけだよ」


「……悪、ふざけ?」


 一瞬で目を点にするミネルヴァ。その視線がゆっくりと正面に立つ生徒会長へ向けられた。


 彼女は「たはは~」と笑うと白状する。


「やっぱりヘルメス様にはバレちゃったか~。あながち嘘ってわけでもないけど、全部が本当ということでもありませーん! あはは。ミネルヴァ様は面白いねぇ」


「お、面白くありません! 不快です! 不愉快です!」


 ぷいっと怒って顔を逸らすミネルヴァ。


 微笑ましい光景だが、ノルン生徒会長は少しだけ焦った様子を見せる。


「あ~、ごめんごめん。ミネルヴァ様をからかうつもりはなかったんだよー。まさか、そこまで怒るなんて計算外だったんだ」


「——ッ! も、もういいですから! その話は早急に終わらせて、訓練に移りましょう!」


 恥ずかしさとプライドで顔を赤くするミネルヴァ。肩で風を切ってずんずんと訓練場の奥に進んでいく。


 その後ろを、いままで空気だったレアが追う。珍しく喋らなかったから忘れていた。


「あちゃ~……。これはあとで機嫌をとらなきゃダメだねぇ」


 俺と一緒にミネルヴァを見送ったノルン生徒会長は、頭に手を置いて「反省反省」と呟いた。


 その後、ちらりと視線を俺に向けて続ける。


「でもまあ、訓練するのには賛成かな。どう? せっかくだし、カーラに続いてわたしも攻略していかない? ヘルメス様」


「……え?」


———————————————————————

あとがき。


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