第185話 このトカゲ……

 王都を出て海路で竜の里を目指す。


 俺は主人公として今回のイベントをきっちり処理する責任がある。


 無視して世界が滅んだらそれこそ困るし、せっかく上げたレベルの使い道でもあった。


 しかし、やる気を見せる俺の道のりは、さっそく困難に見舞われる。


 竜の里を目指していた船が、途中でシーサーペントなる謎のモンスターに襲われたのだ。


 外見は竜に似ているが、どちらかと言うと蛇に近いモンスターだった。


 海面から体を出しているため、レベル差に関係なく厄介な敵である。


 だが、その問題を物理とシルフィーの援護で解決した。


 脳筋戦法を繰り出したシーサーペントの顔面を捌き、思いの他あっさりと決着はつく。


 シルフィーに船まで風で送ってもらうと、そこで、シーサーペントを倒したことを驚かれた。


 俺は普通の意見を言っただけなのに、そんなに驚くことかな?


 価値観の違いっていうのは、なかなか埋まらないものだ。


 というか、あの程度のモンスターも倒せないって、竜の里にはレベル50以上の人間はいないのか?


 だとしたら余計に今回のイベントは厳しそうだな。誰の手も借りられない恐れがある。


「王都に着いてすぐ、ルナセリア公子様のお噂は聞きました。稀代の天才だと。その功績も。しかし……想像を超えるほどの能力をお持ちですね」


 ツクヨがこれ以上ないくらい賞賛の言葉を送ってくれる。


 その表情には、強い敬意の感情が見えた。


「我が国が誇る最高の天才一族、ルナセリア公爵家の神童ですからね。これくらいは朝飯前ですわ!」


「なぜヴィオラ殿下が胸を張るのです?」


「婚約者のヘルメスさまが褒められたのですから、私だって嬉しいです」


「婚約者じゃありません」


「事実上の婚約者です」


「そんな事実はない」


 勝手に俺を婚約者にしないでください。


 たしかに公爵家子息として、王族との絆をより深めるという意味では婚約は悪い話じゃない。

むしろするべきだと言える。


 が、生憎と俺は結婚願望はないんだ。せめて学校を卒業するまでは待ってほしい。


「もう……ヘルメスさまは相変わらずそっけないですね。こんなにも私がアプローチしてるのに。不敬罪で処刑しますよ?」


「えぇ……」


 そんな理不尽な処刑があってたまるか。


 彼女が本気ではないことを俺は知っている。それでも怖いからそういうことは言わないでほしい。ある意味で俺はすでにもう一回目の死を体験しているのだ。


 この世界からの卒業は普通に泣ける。


「ふふ、冗談ですよヘルメスさま。ささ、それより船内に戻って休憩しましょう? あの大きなモンスターと戦って疲れているでしょう?」


「……そうですね。少しだけ疲れました。案内をお願いします」


「では案内はわたくしが」


 ヴィオラではなく、船に詳しいツクヨが俺の案内を買って出た。


 ヴィオラを含めて三人で船内に入る。


 廊下を抜けて個室の前にやってくると、普通にヴィオラ殿下が扉を開けて中に入る。


 部屋の中には、ベッドの横で寝転がるククの姿があった。


「こ、コイツ……あの状況でずっと寝てたのか?」


 シーサーペントとの戦いは、割と近かったから衝撃が船まで届いた。


 シーサーペント自体が倒れた際にも、小さな波が起きてぐらぐらと揺れたはず。


 にも関わらず、この青いトカゲくんは何事もなかったかのように爆睡を決め込んでいる。


 すぴー、すぴーと寝息を立てる様子にイラッときた。


 だが相手はドラゴン。人間とは違う。


 邪気も何もない顔を見ていると、不思議と怒りもすぐに沈静化した。


「ククさまは大物ですね。竜の里にいた頃も、一度寝たらなかなか起きなくて……」


「島にいたときからそうだったんですね。王都にいるあいだは割と活発でしたよ」


「ふふ。それはきっとルナセリア公子様のそばにいたからですね。まだ見ぬ土地ということもあって、大いにはしゃいでいたのかと」


「その疲れが、故郷に帰るとわかって今きていると?」


「さあ。さすがにそこまでは何とも。ただ……気持ち良さそうで何よりです」


 ニッコリとククを見下ろしてツクヨは笑みを浮かべる。


 彼女からしたら信仰対象のドラゴンだ。どんな姿でも、どんな奇行も許せる。


 しかし俺は信仰してない。どちらかというと友人に近いので、呆れた視線を向けつつ近くの椅子に座った。


 なんだかんだ俺も疲れている。ククほどではないが休むことにした。


「では、わたくしはこれで。ルナセリア公子様、改めて船や我々を守っていただき感謝します。お礼は後ほど竜の里で」


「気にしないでください。自分の身を守っただけですから」


「私もあまりお邪魔をするとヘルメスさまも休めませんし、自室に戻りますね。またあとで、ヘルメスさま」


 ひらひらと手を振ってツクヨとヴィオラ殿下を見送る。


 部屋の中には俺とシルフィー、そして未だ爆睡したままのククしかいない。


 安らぎの時間が訪れ、特に何かをするでもなく、俺も少しだけ目を閉じることにした。


 竜の里まで、もうしばらく——。




———————————

あとがき。


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