第186話 重なる夢

 シーサーペントを討伐した俺は、疲労からか椅子に座ったまま寝てしまった。


 そして夢を見た。




「……ここは?」


 気付いたら見知らぬ場所にいた。


 周りを見渡してみると、一面グリーンの森の中。


 遠くには竜の模様が記された旗が見える。


『——ほう? これは珍しい』


「ッ!?」


 急に声が聞こえた。背後から。


 バッと勢いよく振り返る。俺の背後には黒い影がひとつ。


 俺よりはるかに大きい。それでいて形に見覚えがあった。


「ドラゴン……?」


『我のことを知っているのか。お前、面白い奴だな』


「喋るドラゴンの影のほうがはるかに面白いと思うけど?」


 直感的に自分が夢の中にいることは解った。


 最後に見た記憶は、ベッドの横に寝転がるククの姿。船の中からいきなりこんな森の中にやってくるはずがない。


 おぼろげだが、自分が寝そうになっていた記憶も残っている。


 だからおかしな存在を前にしても冷静でいられた。


『ククク……たしかにお前からしたら、我の存在は珍しいだろうな』


「かなりね」


『だが、こうして夢を介して我と繋がったお前も、我からしたら珍しい存在に違いない』


「? 夢を介して……? それはどういう意味だ」


『言葉のままだ。いま、お前はこの世界が夢の中だと気付いただろう? 正解だ。ここは我とお前の描いた夢の中。偽りの世界だ』


「……それはまた、面白い発想だな」


 荒唐無稽な戯言……と断言するには、あまりにも目の前の影の言葉は正しい。


 俺が現状を夢だと理解したように、ドラゴンの影もまたそれを理解している。恐らく、この状態に関して俺より詳しいのだろう。じゃなきゃ、こちらの心境を察することはできない。


 だがそうなると、ひとつだけ疑問が残る。


 なぜ俺とこの影は夢の中に同居している? ここは俺の夢じゃないのか?


『お前の感情は手に取るように解る。その上で疑問に答えてやろう。ここはお前の夢であってお前の夢じゃない』


「なぞなぞか? ハッキリ答えを教えろよ」


『ククク……そう急くな。すぐに教えてやる。答えは——我とお前の夢の中、だ』


「俺とお前の?」


『ああ。二つの夢が重なり合っている状態と言える』


「なるほど……だから俺もお前もここを夢の中だと正しく認識できるってことか」


『うむ。理解が早くて結構。ではここからが重要な話だ』


「?」


 重要な話?


 おかしな存在だとは思っていたが、何か俺に言いたいことでもあるのか?


 首を傾げて影の言葉を待つ。


 影はほんの一瞬だけ体を大きく揺らしてから言った。


『——竜玉を寄越せ』


 シーン。


 空気が凍る。


「……そうか、お前が世界を滅ぼす災厄、黒き竜か」


『違うな。我は龍より生まれし始まりの竜! すべての竜の頂点に立つ存在だ!』


「それにしては、竜玉の守りはお前の担当じゃないようだが? 普通、そういうのは一番強い奴が担当するだろ」


『ふんっ。我が父、龍王が選んだのはあの青いドラゴンだった。能力も知能も低い最後の個体が、なぜ竜玉を守る役目を賜った? ふざけている』


 静かな声で言いながらも、影からは深い深い怒りの感情が伝わってくる。


「お前が竜玉を悪用するのが解りきっていたからだろ」


『悪用だと!? 我とて最初は竜玉の力を得て、この世界の抑止力になるつもりだったのだ!』


「それがどうして封印される結果に?」


『……許せなかったのだ。我を認めぬ父も、我を拒絶する弟妹きょうだいたちも! 挙句の果てに、人間までもが我に刃を向けた。かつてはモンスターから守ってやったというのに!』


 ぐわんっ!


 影が激しく上下に揺れる。凄まじい怒りだった。


 純粋だからこそ強く憎悪した。本気で世界を守りたいと思う心があったからこそ、裏切られたと傷ついた。


 その果てに残ったのが、ドロドロに溶けた深い憎しみ。


 それこそがこの黒き竜の行動理由か。


「なるほどな。理由は解った。たしかに同情できる内容ではある」


『では竜玉を渡せ。特別にお前の命は許してやろう。無論、お前の家族も許してやる』


「——断る」


『なに?』


「残念ながら、お前に竜玉を渡すリスクと口約束は釣りあっていない。俺が裏切られる可能性もあるからな」


『だったらなんだ? 我は必ず復活を果たすぞ? すでに封印は壊れかかっている。同じ封印を施せる者など現代にはおるまい。いたらとっくに封印が補強されているはずだからな』


 クツクツと影は喉を鳴らす。笑っているからたぶん喉を鳴らしているのだろう。


 対する俺はにやりと笑って言った。


「たしかに封印の話は知らない。けど、俺はもともとお前を倒すために竜の里へ向かっているんだ。復活することは承諾済みだよ」


『……愚かな。人間ごときが我に勝てるとでも?』


「封印されたくせに偉そうだな、お前。心配しなくてもちゃんと殺してやるって」


『ククク。ではそれを楽しみにしていよう。精々、人生最後の日まで幸せを噛み締めろ。その上で絶望を与えてやる』


「お前にな」


 中指を立てる。影が消えた。


 同時に、世界が大きく揺れて壊れる。


 夢が覚めるのが直感的に解った。




———————————

あとがき。


新作が調子よくて執筆へのモチベーションが高いです!

でも夏は辛い!暑い!


皆様は私みたいにダウンしないでくださいね?

少しでも涼しい夏を堪能しましょう!

そして新作を……ごほんごほん

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る