第140話 ヘルメスの色気

 姦しいルキナと共にルナセリア公爵邸へ戻る。


 久しぶりに顔を合わせたこともない父と、少しのあいだだけ喋ってから夜会への準備を済ませた。


 そして再び馬車に乗り込む俺とルキナ。


 学園の講堂の一角を使って開かれたパーティー会場へとやってくる。


「賑やかですわね、お兄さま」


 馬車から降りると、煌びやかな光がそこかしこから見えた。


 すでにパーティーは始まっているのか、ちらほらと周囲には正装した男女の姿が見える。


「まあ大きな行事も終わったことだしね。パーティー好きの貴族なら、楽しむのも無理はないさ」


「ふふ、では我々も行きましょうか。本日の主役を皆さまが待ってますよ」


 そう言うとルキナは俺の腕をとって抱きしめる。


 やや控えめな胸に腕が埋まり、柔らかな感触がした。


 実の妹に欲情したりはしないが、さすがにこの体勢は微妙に気まずい。


 ルキナは気にしていないが、周りからの視線も少しだけ突き刺さる。


 それでも彼女は腕を離してくれないので、一緒に歩いて講堂へと向かった。


「——あ! ヘルメスくん!」


 会場に入ると、真っ先に俺を見つけたレアが手を振りながらこちらに向かってくる。


 ぴょこぴょこと揺れる青髪に、同色のドレスがよく似合っていた。


「やあレア。今日はずいぶんと可愛らしい格好だね。湖の妖精でも現れたのかと思ったよ」


「うっ……! す、少しだけ嬉しい……。ヘルメスくんもその格好いいね。なんだかこう、色気がハンパじゃないよ!」


「まだ十五歳なんだけど?」


 子供の内から色気って出るものなのかな?


 よくわからなかった。


「こんにちはレア先輩。お元気そうですね」


「そっちこそ、いつも仲良しだね、ルキナさん」


「兄の隣を守るのは妹の役目ですから」


「なるほどねぇ。それじゃあ僕がもう片方の席を予約しちゃおっかなぁ」


 にへへ、と笑ってレアが空いてるほうの腕へ手を伸ばす。


 が、その手が俺の腕を掴むより先に、聞きなれた女性の声がレアを制止した。


「お待ちください、レアさん」


「この声は……ミネルヴァさんじゃん。どうしたの、こんな所で」


 レアの視線が、声のしたほうへ向く。俺とルキナがそれを追いかけると、彼女の視線の先には、金髪碧眼の美少女が立っていた。


 ゆっくりと優雅な足取りで俺の前にあらわれたのは、同じ公爵家のご令嬢、ミネルヴァ・フォン・サンライトだ。


「こんな所とはなんですか、こんな所とは。学園の施設の一部で、いまはパーティー会場ですよ? わたくしが居てもなんら不思議ではありません」


「やあミネルヴァ。今日はお疲れ様。真っ赤なドレスに身を包む君は……さながら紅玉のように美しい。かといって金色の髪は太陽のごとく。ああ、なんて贅沢なんだろう。その美貌に勝るものはないね」


 にこりと微笑みながら、自然と彼女への褒め言葉が口から漏れる。


 我ながら、きっっっっしょく悪い台詞だ。ヘルメスの部分でも表面化したのか、彼女を褒めずにはいられなかった。


 だってマジで可愛いよミネルヴァ。


 普段は強気に吊り上がった眼差しも、羞恥心と喜びでへにょへにょになる。


 ゲームでも彼女は褒め言葉に弱かった。すーぐ照れて倒れるくらいには初心なのだ。


「~~~~~~!! お、お上手ですわね……ヘルメス公子。そういう公子も、ルナセリアの名に恥じぬ美しさ。月の下に咲く漆黒の花がごとく、ですわ」


「ふふ、ありがとう。少しだけ派手な気がしたけど、そう言ってもらえると嬉しいな」


 父に無理やり着せられた、付けられた正装と装飾だが、どうやら彼女たちからの評価はわりと高い。


 ホッと胸を撫で下ろすのと同時に微笑むと、遠くからドタバタと鈍い音が聞こえてきた。


 次いで、


「きゃああぁぁぁ————! 素敵!」


「マリナ嬢が倒れましたわ! 休憩室に運ばないと!」


「わたくしも限界……です。ばたり」


「ああぁ————! ソフィー様も倒れてしまいました!」


 ご令嬢方の叫び声やら、黄色い声やらが聞こえてきた。


 視線をちらりと横に向けると、なぜか何人もの貴族令嬢が床に倒れている。


 その数はひとりはふたりじゃない。五人以上は数えられた。


「く、うぅっ! ぎ、ギリギリ耐えられましたわ……反則でしょう、その笑みは」


「いまのは僕も危なかったなぁ……初めてだよ、こんな気持ち」


「ルキナはいますぐにでもお兄さまに襲いかかりたい。でも周りの目もあるしお父さまからも釘を刺されています……! ぎぃ! 厄介ですわね!」


「みんな?」


 なんだかミネルヴァもレアもルキナも顔が赤い。


 いまの一瞬で、一体なにが起こったんだろう。


 なんとなくルキナの反応から察することはできるが、彼女の言動は怖いので気にしないことにした。


 気にしたら負けだと思う。


「なんでもありませんわ、ヘルメス公子」


「う、うん。なんでもないなんでもない」


「お兄さまは気にしないでください」


「そ、そう?」


 みんな揃って平気だなんだと返事を返す。


 問題ないならそれでいいかな? と首を傾げた俺は、しかし直後に、後ろから声をかけられた。


「ヘルメス様」


「ん?」


 振り返ると、そこには——。




 第二学園生、ニュクス・アルテミシアがいた。

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