第141話 付き合ってください
声をかけられて後ろを振り向くと、そこには煌びやかな黒いドレスに身を包んだ少女——ニュクスが立っていた。
「ニュクス……?」
「ごきげんよう、ヘルメス様。よかった。すぐに会えた」
ぺこりとお辞儀をするニュクス。
聞こえた言葉によると、彼女は俺を探しているようだが……。
特に彼女と会う約束をしたわけでも、会いたい理由があったわけでもない。
試合も終わったことだし、他校の生徒だけあって俺らは別段仲良しでもない。
だというのに、彼女はジッと俺の顔を見つめる。
「こんばんはニュクス。元気そうだね」
「そうでもない。ヘルメス様にやられてメンタルはズタボロ」
「そ、そうなんだ……」
なにこれやりずれぇ!
彼女は普段から淡々と喋るくせがある。そのせいで空気が一気に悪くなるのを感じた。
なんとか和らげようと口を開き、しかし先に背後の女性陣が声を発した。
「おー! ニュクスさんじゃん。こんばんは~」
最初に喋ったのは、天真爛漫なレア。
手を振って挨拶する。
「レア・テインテーナ。それに、ミネルヴァ様に……あなたは?」
ちらりとニュクスの視線が、レアからミネルヴァ、そして最後にルキナで止まった。
そう言えば彼女は第二学園生。
第四学園中等部に在籍する彼女のことを知らなくても不思議じゃない。
訊ねられたルキナは、パッと俺の腕から手を離して胸を張った。
堂々とした態度で答える。
「私はルキナ・フォン・ルナセリア。最強たる英雄、ヘルメスお兄様の妹です」
「最強? 英雄?」
なんの話だいルキナ。大きな声でそういうこと言うもんじゃないよ?
見てご覧? 周りからの視線で全身が貫かれる。
「ルキナ……フォン、ルナセリア? どこかで聞いたことのある名前」
「第四学園の天才だよ、ニュ~クス」
「アリアン」
いつの間にかニュクスの背後、パーティー会場入り口から彼女の友人であるアリアンが姿を見せる。
赤を貴重とした白の混ざるドレスだ。
糸目をわずかに開けて、キレイなお辞儀を見せてアリアンは挨拶をする。
「こんばんは皆さん。ニュクスが置いていくものだから遅れました。また会えて嬉しいです、ヘルメス様」
「こんばんはアリアンさん。体調のほうは平気?」
「ええ。第一学園の医者は有能ですねぇ。このとおりすっかり完治しました!」
ふんす、と言わんばかりにアリアンが力コブを作る。
俺はくすりと笑って「よかった」と答える。
すると、アリアンの前にニュクスが割り込んでくる。真顔のまま彼女は言った。
「アリアンのことより、さっきの話。第四学園の天才って、あの二つの属性を使えるっていう?」
「アリアンのことよりってどういうことかな~? ニュクス?」
「…………」
「無視!? ここでも無視なの!?」
騒ぐアリアンを平然と無視するニュクス。
その様子に慣れないルキナは、しばし両目を瞬かせてからニュクスの質問に答えた。
「第四学園で二つの希少属性を使う天才と言えば私のことですね。お兄様には遠く及びませんが、それなりに魔法には自信があります!」
「まさかこんなところで会えるとは。いろいろ教えてほしいことがある」
「教えてほしいこと、ですか?」
「魔法に関しての話? だったら僕も混ぜてよ! ねっ」
ニュクスとルキナの話に平然と割り込んでくるレア。
そのことに不快感を示すこともなく、いきなり三人で話し込み始めた。
パーティーの最中だっていうのに、目の前に俺やミネルヴァもいるっていうのに、自由な子たちだ。
「いや~、ごめんねヘルメス様。ニュクスって空気も読めないし自由だし無視するしムカつくし……けど、いろいろと一途な子なんだ」
すすすっと俺の隣に立ったアリアンが、母性を感じさせる笑みを浮かべてそう言った。
短い付き合いだが、俺もなんとなく彼女の言うことがわかる。
「気にしてませんよ。パーティーなんだし、人の楽しみ方はそれぞれってことで」
「あはは。ヘルメス様は優しいねぇ。なんだか、みんなから好かれる理由がわかった気がする」
アリアンがさらに距離を詰める。
お互いの肩が触れそうなほど近付いて——。
「——でしたら、節度は守ってくださいね、アリアンさん?」
「み、ミネルヴァ様……りょ、了解っす」
すっとあいだに挟みこまれた扇子。
右隣のアリアンをそれで押しのけてあらわれたのは、ずっと俺たちを見守っていたミネルヴァだった。
どこか不敵にすら映る笑みでアリアンを見つめたあと、さも当然のように俺の隣に立つ。
「……あっ、そうだ」
退けられたアリアンをちらりと見て、ふとニュクスがなにかを思い出す。
顔を上げてこちらを見た。一歩、二歩と近付いてくる。
なんだろうと思って首を傾げると、ニュクスは俺の目の前で特大の爆弾をぶん投げた。
「伝え忘れてた。ヘルメス様、私と付き合ってください」
ニュクスを除く女性陣の目から、光が消えた。
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