第139話 妹ほど信用できないものはない
「——で、あるからして……」
滔々と語られる学園長の話。
前半以外はまったく秋の対校戦に関係ない話を、およそ二十分ものあいだ聞かされてようやく閉会式は幕を下ろす。
これで今年度の秋の対校戦——ラブリーソーサラーの共通イベントが終了した。
残すは冬のイベントのみだが、そればっかりは俺には関係なかった。
なぜなら、冬の共通イベント——〝聖なる夜のひと時〟は、完全に主人公とメインヒロイン限定のイベントだ。
好感度が一定値を超えた一番高いメインヒロインとの甘甘なデート回。
それこそが、聖なる夜のひと時。
モブにはまったくもって関係ない。
「それではヘルメス公子、また夜のパーティーでお会いしましょう」
「ああ。ミネルヴァもレアもフレイヤも気をつけて帰ってね」
ぺこりと会釈したミネルヴァたちに手を振って別れを告げる。
これから彼女たちは自分の家に戻って夜会の準備を行う。
俺も家に帰っていろいろと準備しなきゃいけないんだが……その前に。
ぱたぱたと靴音を鳴らしてこちらにやってくる女性の相手をしないといけない。
「お兄様————! お疲れ様でした!」
母親譲りの白髪を揺らして、妹のルキナがやってくる。
くりくりっとした黄金色の瞳が、膨大な熱量を秘めて俺の額を貫いた。
「ありがとう、ルキナ。これから家に帰るけどルキナも一緒に来る?」
「もちろんです! お兄様のために今日は目一杯おめかしする予定なので!」
「それは楽しみだね。ルキナにはなんでも似合うから」
「そ、それほどではありませんわ! お兄様の美貌に比べれば、ルキナの容姿など……」
歩きながら彼女は頬をポッと赤くする。
「俺のほうこそ普通だよ。男性用の正装なんてそこまで凝ってるわけでもないし」
どうしても女性用のドレスに比べると、男性用の衣服は派手さに欠ける。
宝石とか装飾とか増やせばキラキラにはなるが、俺はそういうのは苦手だ。
重くて肩が凝る。
「お兄様ほどの存在がそんなことを言ったら、それ以下の貴族子息たちが暴動を起こしますわよ?」
「そんなに……?」
「ええ。お兄様はただでさえ、あらゆる令嬢を虜にするほどの美貌を持ち、きちんとした正装をまとうことでさらにその美貌が磨かれ……正直、妹の私でも直視できないほどの後光が差すのです」
「後光って」
それはただの幻覚だよ。
たしかに、自分でいうのもなんだけど、ヘルメス・フォン・ルナセリアは絶世の美男子だ。
まだ十五歳だというのに、溢れんばかりの色気を醸しだす。
あと五年もすれば、社交界の女性はモブの色気にイチコロだろう。
だがまだ十五歳。子供だ。不敵な笑みが似合うのはもっとずっと先になる。
「冗談ではありませんよ? お兄様の煌びやかな色気に惑わされ、理性を狂わせた女性が数多くいたことを……お忘れですか? 飲み物に媚薬を入れられた過去が懐かしいですわね」
「うぐっ……そういえばそんなこともあったねぇ」
本当に懐かしい話だ。
俺の理性が鋼のように頑丈だったからよかったけど、媚薬はまずいってマジで。
格下貴族令嬢に手を出して妊娠、なんてことになったら醜聞もいいとこ。
救いがあるとしたら、俺にはまだ婚約者が決まっていないってことくらい。
当分は作るつもりはないし、そういう行為もするつもりはない。
俺は硬派な人間なんだ。
……いやまあ、ただのチキンとも言う。
「なので油断しないでくださいね、お兄様。年頃の令嬢など獣です。お兄様の貞操を狙う恐ろしきバケモノなのです。絶対に二人きりになったりしてはいけませんよ!」
「それ普通、男女逆じゃない?」
「いいえ。男も女も変わりありません。等しく性の獣です!」
「なるほど」
よくわからないが、ルキナがそこまで断言するならそうなんだろう。
彼女の助言というか苦言は、過去に俺を救ったこともあるくらいだし、一応は頭の片隅に留めておこう。
だが、その場合ルキナはその中に含まれるのだろうか?
個人的には、ルキナのほうが他の令嬢よりよっぽど危険な気がする。
「じゃあルキナとも距離を離したほうがいいのかな?」
「ご安心ください。ルキナは誠実で兄想いの妹です。お兄様の許可なくお兄様を襲ってしまいます——ではなく、襲ったりしませんよじゅるり」
「じゃあまたあとでね、ルキナ」
そそくさと彼女から離れて手を振る。
さっさと父が送ってくれた馬車に乗り込もうとすると、制服の裾をがしりと掴まれた。
「じょ、冗談に決まってるじゃありませんかお兄様! ルキナがそんな野蛮な人間に見えますか!?」
「見えるね」
「お兄様! エリス姉さまと一緒にしないでください! 私は健全です」
いや怪しいぃ……。
むしろ姉エリスよりルキナのほうが心配になる。
だが、さすがに妹を置いていくことなどできなかった。
ふたりで馬車の中に乗り込み、自宅を目指す。
パーティーさえ終われば、晴れて俺は自由だ。またダンジョンにでも潜りたい。
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