第138話 勝利を祝って

「ヘルメス!」


 たたたっとこちらに駆け寄ってきたのは、白い髪を激しく揺らした女子生徒——フレイヤだった。


 俺の前までやってくると、瞳を大きく見開いて声を上げる。


「優勝! 私たち、優勝!」


 普段クールな彼女にしては珍しくテンションが高かった。


 子供らしい表情を見て、俺はくすりと笑う。


「そうだね、優勝だ」


「すごい。ヘルメスはどっちの試合でも勝った。両方の部で優勝を果たした。総合優勝だよ、ヘルメス!」


「みんなのおかげさ。フレイヤやロレアスくん、ミネルヴァやレアたちが頑張ってくれたおかげでね」


「ん。そのとおり。ヘルメスはとっても謙虚。だから好き」


「あはは。それほどでもないさ。とりあえず、剣術の部も終わったことだし、閉会式が行われるまで控え室で休んでいようか」


 フレイヤを連れてその場から立ち去る。


 倒れたままのニュクスにちらりと視線を向けると、彼女はどこまでも悔しそうに俯いていた。


 どうかこの先、彼女が自分の才能を疑うことなく突き進むことを祈っている。


 その果てに、また、どこかで——。




 ▼




 閉会式が行われるのは、試合が終わってから三十分ほどあとのことだった。


 それまでの時間、会場にいると周りの声援がうるさくて困るので、俺とフレイヤは控え室にやってくる。


 普段はだれも使わない控え室。


 直接試合を見たい生徒が多すぎて、秋の対校戦でも使われることはなかった。


 入り口の扉を潜り、近くにあったベンチに腰を下ろす。


 フレイヤが俺の隣に座ると、頬に笑みを刻んで言った。


「改めて、お疲れ様、ヘルメス。カッコよかった」


「ありがとう、フレイヤ。フレイヤもすごくカッコよかったよ」


「えっへん。私はどうやら全勝らしい」


「俺なんてひと試合しかしてないからねぇ。フレイヤには助けられたよ」


「ううん。ヘルメスが先鋒か中堅だったら、間違いなく全勝してた。勝ち抜け戦だったらヘルメスひとりで優勝できる」


「それは……」


 たしかに俺のいまのレベルは、王国最強の剣聖に匹敵するほどだ。


 学生レベルの相手など、何人倒しても余裕がある。


 だが、いくらなんでも同じ代表生徒である彼女の前でそんな発言などしない。


 他の代表生徒たち全員を敵に回すことにもなるからね。


 苦笑しつつフレイヤの話を流す。


 一息つく頃には、ドタバタと廊下のほうが騒がしくなってきた。


 首を傾げるのと同時に、控え室に複数の女生徒があらわれる。


「ヘルメス公子! 優勝おめでとうございます!」


「優勝おめでとー! 祝いにきたよ」


「ミネルヴァに、レア? なんでここにいるって……」


 控え室に入ってきたのは、金髪と青髪の女性。


 ゲーム〝ラブリーソーサラー〟に登場するメインヒロインたちだ。


 この狭い控え室の中に、ゲームのメインヒロインが三人も集まってしまった。


 たいへん密度が濃い。


「ヘルメスくんの考えを読むのなんて、弟子である僕には余裕だね。どうせ周りの声がうるさいから静かな場所に行こうとしたんでしょ? でしょでしょ?」


「なんだか勝手に弟子が増えたみたいだが……レアの言うとおりだよ。ここなら他にだれもいない」


「ふふ。代表生徒のみというのも悪くありませんわね。より、勝利を祝うことができます」


「ひとりいないけどね」


 ミネルヴァの笑い声に一応の突っ込みを挟んでおく。


 ロレアスくんが忘れ去られてるのはあまりにも可哀想だ。


「あんなのはいないほうがいい。いたら追い出してる」


 どこまでもロレアスくんに厳しいフレイヤである。


 先ほどまであれだけ元気だったのに、一瞬にしていつもの能面になった。


「そんなことより、これから閉会式をして一度帰宅、着替えてパーティーが開催されます。準備はいいですかヘルメス公子」


「ああ、一応聞いてるよ。わざわざ対校戦のある日にパーティーまで開催する必要ないと思うけどねぇ。着替えに戻るのがめんどくさい」


 正装って堅苦しいから苦手だ。


「なにを仰いますか! 二つの部の優勝に貢献したヘルメス公子がいなければ、皆のテンションも上がりませんよ!」


「解ってるよ、ミネルヴァ。父にもしっかり出るように言われてるからね。面倒だけど顔くらい出すさ」


 パーティーの件はルキナも楽しみにしてるらしいし、俺だけバックれたらどんな目に遭わされるか……。


 ほんの一瞬だけ感じた悪寒に背筋が震えた。


 その事にだれも気付くことなく、ミネルヴァがさらに続ける。


「顔だけではありません。パーティーにはダンスが付きもの。わたくし、ヘルメス公子と踊るのを楽しみにしております」


「うぐっ……そういやそんなものもあったね」


 完全に忘れてた。


 俺も公爵子息だし、ミネルヴァやフレイヤ、あとはたぶん顔を出す第五王女やウィクトーリアたちと踊らないといけない。


 貴族たるもの、付き合いはしっかりしろってね。あーめんどくさい。


「うふふ。お顔に『めんどくさい』って書いてありますわよ~? ヘルメス公子?」


 ぐいっとミネルヴァに腕を引っ張られる。


 そのままベンチから立ち上がると、「そろそろ閉会式に向かいましょう」と言われて控え室をあとにする。


 だれもミネルヴァの言葉に反応しなかったあたり、完全に俺の心は読まれていた。


 さすがはメインヒロインたち。侮れないね……とほほ。


———————————————————————

あとがき。


実はここからが三章の本編。

秋の対校戦はおまけです☆


ゲームだと序盤なので敵(相手生徒)も弱い。本格的な戦闘は二年生編からですね。

天才と言われるレアが負けたのも、彼女のシナリオではそうなる運命だったのと、異質なキャラクター、ニュクスたちの存在が大きいです。

それも含めて今後、シナリオが大きく動き、やがて察しがよすぎる皆さまなら解るようになるでしょう……なんて!



あ、エリス編その2!を投稿しました。

よかったら見てね〜。

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