第137話 並び立つ者
剣術の試合において、素手による近接格闘は幅広い意味を持つ。
相手が剣しか使わなかったら、それはもう一方的な身体能力による殴り合いだ。
剣にさえ注目していれば攻撃を避けられるし、攻撃を防げる。あとはどれだけパワーでゴリ押すか、速度でゴリ押すかの二択でしかない。
そこに徒手格闘が混ざることで、手足を使った攻撃が混ざることで、本当の意味での剣術は完成する。
——それって剣術じゃない?
のんのん。近接戦闘であれば許される。
カードゲームでだって、同じカードしか使えなかったら面白くないだろう?
誰だって刺激がほしい。それに、見栄えも大事だ。両立するには、とにかく手札を増やすこと。
その点において、剣しか使わないニュクスはあまりにももったいない。
カードゲームで例えるなら、アイテムもトラップも無視してモンスターだけで突撃するようなもの。
「殺し合いっていうのは、本来、なんでもありの戦いだ。魔法は禁止されているけど、殴ったり蹴ったりするのは禁止されていないだろ? そういうことなんだよ」
言いながらもニュクスに近付く。
彼女はへらへらと近付いてくる俺を見て、剣を握りしめるなり床を蹴った。
全速力からの接近、そして剣を振り下ろす。
非常にシンプルかつ速度を活かした最短の攻撃。レベル差がある相手なら防ぐこともできずに倒せるだろう。
あくまで、レベル差があった場合は、ね。
「ふふ」
迫るニュクスの剣を、左手で受け流す。
側面に触れて少し押してあげるだけで、その軌道は横にズレ、俺の体をすべるように床へ落ちていく。
「相手の動きが見えるなら、そこに剣は必要ない。素手でもこうして攻撃を流せる」
もちろん力もほとんどいらない。ほんのわずかでも衝撃を与えてやれば、勝手に逸れていくのだから。
ニュクスの木剣が空を切る。
やや斜め下に流れた彼女の体の内側に、木剣を持った右手を滑らせて、下から拳で打ち上げた。
「カハッ——!?」
凄まじい衝撃を受けて、ニュクスの体が浮いた。
剣で殴っていたらその時点で勝負はついていただろう。
限界まで手加減してようやく、彼女はなんとか意識を繋ぎ止めた。
重力の影響を受けて地面に落下すると、そのまま何度かえづいてから体を震わせる。
「少しは解ってくれたかな? ニュクスに足りないのは努力じゃない。技術の広さだ。奥を突き止めても、同程度の相手には届かない。格上なら余計に」
いつだって勝負において大事なのは、小さな小技だったりする。
相手との均衡を崩す一手さえあれば、格上を相手にしても勝てることはあるのだ。
少なくともそれだけのレベルに達したニュクスが、徒手格闘も覚えればさらに強くなれる。
リーチの管理とか、捌きとか、予測不可能な攻撃とか、そういう諸々が技術として、感覚として身につく。
そうなればもう彼女は最強だ。同年代では、俺を除けば彼女に勝てる者はいなくなるだろう。
ライバルになりえるのも、恐らくフレイヤだけだ。
しかし、才能という面においては、自分でレベル30の壁を越えた彼女のほうが上だと思う。
小手先の技術なんて、時間があれば習得できる。パワーがあれば凌駕できる。
だからこそ、彼女はレベルを上げることに集中した。ステータスの伸びが悪いのはそういうことでもある。
「頑張れ。もっと頑張れ。君は強い。君は強くなれる。来年には、もっともっと強くなれるはずだから……頑張って」
震えながらも立ち上がったニュクスに、俺は心からの願いを伝える。
彼女が成長し、フレイヤと戦う試合が見たい。
もちろん俺でもいい。俺はさらに上を目指すが、その時になって近くに彼女がいてくれたら……きっと、俺は永遠に空を見上げ続けられる。
最強という頂を、がむしゃらに見上げ続けられる。
「本当に……強い」
よろよろになりながらもニュクスは木剣を構えた。
勝負はまだついていないということだろう。
「私も、強くなり、たい。もっと……もっと……あなたと、対等に……」
歩く。ふらつく足取りで俺のもとまでやってくる。
振り上げた剣が、まっすぐに振り下ろされた。
「ああ」
それを俺が弾き、彼女の手元から木剣が落ちた。
同時にニュクスも前に倒れる。それを俺が受け止めると、審判が試合終了の宣言をした。
湧き上がる歓声。優勝を告げる声。
それらをよそに、俺はほんの少しだけ寂しい気持ちを抱いた。
「対等、か……」
ニュクスを抱き抱えて周りを見る。
誰もが俺の優勝を称えていた。当然のことだと思っていた。
だが、振り返ってみるとわずかに、ほんのわずかに寂しさを抱いたのはなぜだろう。
最初からこうなると解っていたはずなのに、誰も後ろにいないというのは……想定外の虚しさを抱いた。
しかし、俺は止まらない。たとえ誰もついてこないとしても……ひとりでも、走りきる。
やがて、最強へ至るまで。
こちらに向かってくるフレイヤたちを横目に、ただ静かにニュクスを見下ろした。
彼女には、本当に期待しているのかもしれない。
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