第136話 大将戦

 審判に呼ばれて、中央に俺とニュクスが足を踏み入れる。


 生徒たちのあれだけうるさかった声が、一切聞こえてこない。


 ぴりぴりとした二人の空気に呑まれたのか、痛いくらいの静寂が会場を支配した。


 そんな中、靴音を鳴らして数メートル先でニュクスが止まる。俺もまた足を止めた。


「……やっと、やっとまたあなたと戦える」


「楽しみだった?」


 ニュクスが口を開いたので、無視しないよう俺も喋る。


 こちらの返事を聞くと、彼女はこくりと一度、首を縦に振った。


「夜もまともに寝れないくらい楽しみだった。絶対に、今度こそ、あなたに勝つ。私の全身全霊で」


「気負いすぎはよくないね。もっとリラックスしなよ。あんまり前のめりすぎると、——すぐに終わっちゃうよ?」


 ぴくり、とニュクスの体が、俺の挑発にわずかに反応した。


 薄っすらと汗をかいているようにも見える。先ほどまでの真顔も消え去り、わずかな動揺が見てとれた。


「……本当に、すごい。この圧……伝わってくるオーラが、他のだれとも違う」


「ふふ。それだけ頑張ったってことさ。ニュクスだってそうだろ? 俺は知ってるよ。君はこの世界じゃ指折りの強者だ。正直、俺も君と戦えるのは嬉しい」


 そっと腰に下げていたベルトから木剣を引き抜く。


 ゆらりと剣先をニュクスのほうへ延ばし、不敵な笑みを浮かべる。


「久しぶりに、少しは本気で戦えるからね」


「——っ」


 これは油断に見せかけた挑発でもある。


 俺はなるべく彼女には全力でかかってきてほしい。


 これまで、対人戦でひりつくような戦いをしたことはないからね。


 自分の全力を出せる相手かもしれないと思うと、少しだけワクワクする気持ちを隠せない。


 まあ、前回の戦いを振り返るかぎり、その機会は訪れそうにないが。




 そんな感想を口にしながら、審判の合図を待つ。


 ニュクスもまた、ぎらぎらと輝く瞳でこちらを見つめながら木剣を構えた。


 数秒後、試合開始の合図が下りる。




「これより、秋の対校戦、剣術の部、決勝、大将戦を始める! ——試合開始!!」




 始まりの鐘の音が鳴った。


 その瞬間、まっすぐにニュクスは床を蹴って俺のもとまで肉薄する。


 相変わらず速い。速度に重きを置いた剣士だ。


 一瞬で剣の届く範囲まで近付くと、木剣を構えたまま——彼女が消える。


 横に回ったのだ。俺の動体視力はそれをやすやすと捉える。


 そして振るわれたニュクスによる一撃を防ぐと、それは想定内だったのか、ニュクスの動きは続く。


 一度も足を止めないまま、縦横無尽に俺の周りを駆ける。


 ……ふうん。そういうこと。


 単純な腕力勝負では分が悪いと、前回の戦いで学び、ひたすら速度で隙を探る動きだ。


 悪くないが、どちらにせよ全部見えているので無意味だ。


 俺はその場から一切動くこともなく、視線を向けるだけで相手の攻撃を防いでいく。


 背後から迫った刃すらもノールックで受け止めると、そこで初めてニュクスの焦りを孕んだ声が聞こえた。


「ッ! これも……!?」


「まだまだ遅いよ。これじゃあ足らない」


 ニュクスの剣を弾く。


 試合が始まって数分ほど経過したか。そこで初めて俺が動く。


 背後に立った彼女のほうへ振り向くと、悔しそうに顔を歪めているニュクスのもとへ一歩、また一歩と歩み寄った。


「せっかくの機会だし、俺も披露しよう。速度とは決して、走るだけでのものではないと」


 言い終えると、ニュクスの目の前に立った。


 ほんのわずかな加速。


 相手が瞬きするのと同時に迫ると、体感、倍以上の速度で俺が動いたように見えるだろう。あるいは、意識外。コンマ、刹那の時間、俺が目の前にいることが信じられないのかもしれない。


 その遅れは致命的だ。0.1秒だって意識を手放しちゃいけない。


 相手が自分よりもレベルが高いならなおさらね。




 剣を振る。


 ギリギリガードが間に合うも、手加減した一撃ですら彼女は後ろに転がっていく。


 こと腕力にかぎっていえば、俺は彼女のはるか上にいるってことだ。


 すぐに体勢を立て直して彼女は起き上がる。


 ——が、すでに目の前に俺がいた。


 かわせる程度の動きでゆっくりと剣を振る。


 当然、それを見てから回避できるニュクスは、横に跳ねて避けた。


 あのまま防御させ続けたら、ノックバックだけで場外になってしまう。それじゃあ面白くない。観客もしらける試合だ。


「どう? 少しは参考になったかな? 君は強いけど、もう少しだけ手段を、手札を増やしたほうがいい。まっすぐに突っ込むのだけが戦いじゃないからね。たとえば、素手による徒手格闘。これも剣術戦においては役に立つ」


 そう言って俺は剣を下げると、無用心にニュクスのもとへ歩み寄る。


 あまりの隙に、ニュクスはぎりり、と奥歯を噛み締めてから床を蹴ってこちらに迫った。


 彼女には大いに期待している。少しだけ、今後の方向性を示しておこう。

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