第36話 結果の裏側
ヘルメス・フォン・ルナセリアが叩き出した<学年別試験>での成績は、本人の知らない所で様々な波風を立てていた。
たとえば教師たち。結果が張り出される前に集まった彼らは、あまりにも圧倒的すぎる結果を見て唖然としていた。歴代でも初めて見るほどの成績に、誰もが反応に困っている。
最初に口を開いたのは、教師の中でも一番接点のある女性——テレシアだった。
「才気に恵まれた一族だとは知っていましたが……この結果はさすがに驚きですね」
彼女が喋り出すと、おそるおそるといった風に他の教師も口を開きだす。
「え、ええ……私もこの学園に勤めて長いですが、これほどの成績は初めて見ます。彼の父君、母君ですら全ての試験で満点など取れなかったというのに……」
「たしかお父様は剣術と知識に優れ、お母様は魔法に秀でていた。その全ての才能を継いだのが、ヘルメス様ということか……」
「それにしたって、全ての試験で満点? 規格外すぎる……」
「しかも剣術と魔法にいたっては、それ以上の点数が付けられないから百点なだけで、全属性の魔法を一年にして中級にまで上げる? 現役の騎士を圧倒する? もはや我々が評価するのも馬鹿らしい……」
<筆記試験>の内容にも驚かされたが、それより何より彼らが驚いたのは、実技試験での評価だ。採点では百点、満点となっているが、報告した試験官によると百点では生ぬるいほどの結果だったという。
中でも魔法試験で見せた全属性魔法への適正は、誰もが事実だと認めがたいものだった。
ただでさえ魔法の熟練度を上げるのは大変で、そこに才能以外の言葉では表せられない適正値。同じく全属性魔法への適正を持つ者は学園にひとりだけ在籍しているが、その者は魔法にあまり興味がないのか、使ったのはどれも下級魔法だった。
いくら才能があっても、やる気がなければ無意味。次点で高評価を叩き出した魔法の申し子たるレア・レインテーナのほうが教師たちは目をかけていた。
しかし、だからこそそんな彼女を軽々と超えるヘルメスの才能に、優秀な教師陣は戦慄した。
その才能がどれほどのものか理解できるからこそ。
「このままでは、我らが教えることなどほとんどありませんな。むしろ来年あたりになったら我々すら凌駕するのでは?」
「すでに超えられている可能性もありますからね……それこそ、ヘルメス様に勝てるのは剣聖殿くらいでは?」
「いやはや……歴代最高の神童とは、先が楽しみですな」
教師たちの中で、ヘルメスへの評価が固まった。もはや誰もが信じる天才だ。天才という言葉は、彼のために存在していると言っても過言ではない。そう思えるほどに、ヘルメスの輝きは眩しすぎた。
もう一度だけ紙面に記された<学年別試験>の成績を見下ろし、彼らはほうっと感嘆の息を吐き出すのだった。
▼
学園の教師たちの間で波紋が広がる中、当然、生徒たちの中にも衝撃を受けた者は多い。
総合二位の座に甘んじたミネルヴァ・フォン・サンライトは、悔しそうに、それでいてどこか誇らしい表情を浮かべて言う。
「さすがですね……。わたくしが一位に輝くはずだったのに、不思議とあなたに取られるなら……いえ、やっぱり悔しいですわっ」
違う場所では、魔法試験二位のレア・レインテーナが、魔法書片手に鼻歌を奏でていた。
「ふふ~ん。ふんふんっ。あ~、早くヘルメスくんに会いたいなぁ。やっぱり、君は僕が信じていたとおりに面白い人間だよっ。ヘルメスくんなら、きっと僕をさらに魔法の深淵に導いてくれる。ヘルメスくんだけが、僕に生きる意味を見い出してくれる!」
さらに違う場所では、剣術試験二位のフレイヤ・フォン・ウィンターが、真剣をひたすら振り下ろして汗をかいていた。虚空を睨みつけながら、その名を呟く。
「…………ヘルメス。逃がさない」
それぞれがそれぞれ、異なるようで同じ気持ちを胸に、ただひとりの少年を脳裏に思い浮かべる。
まだ物語はまったく動き出していないが、本来のルートを逸脱しつつあることに、まだヘルメスは気付かない。
それを知った時、ヘルメスはどんな結論を出すのか。
神のみぞ知る。
誰の目にも触れないように、誰にも迷惑をかけないように、廊下の片隅でひっそり手を繋ぐ姉妹がいた。彼女たちは、遠くで賑やかに騒ぐ生徒たちを見ながら、話題に上がる男のことを思い出す。
「フロセルピア、フロセルピア。あなたは知ってる? いま、学園で最も有名な男の人を」
「知ってます、知ってます。フロセルピアはご存知です。試験の成績がとてもよかったと聞きました。フェローニアは、フェローニアは気になりますか?」
「気になる、気になる。でも、フェローニア達には関係ない。知りたい、知りたい。けど誰も教えてくれない。フェローニア達に関わってくれない。だから、だから諦める。もっと面白いことを考えましょう?」
「面白いこと? 面白いこと? それって、たとえばどんなことですか?」
「うーん……そうね、そうね。夏休みに入ったら始まる、アレなんかどうかしら」
「もしかして、もしかして? <狩猟祭>のことですか?」
「そのとおり、そのとおり! <狩猟祭>なら、フェローニア達も外へ出れるわ。楽しみね、楽しみね」
クスクスと少女たちは小さく笑う。その瞳に、他の生徒ほどの輝きはなかった。
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