閑 話 ヘルメス様ファンクラブ

 <学年別試験>の結果発表から数日。<王立第一高等魔法学園>では、とある男子生徒の話で持ちきりだった。


 勉強ができるから? 魔法に優れているから? 剣術まで完璧だから?


 違う。確かにそれらの要因も彼女たちを湧き立たせる装飾ではあるが、根底はまったく違った。何の捻りもない、ただ彼女たちにとってその青年——ヘルメス・フォン・ルナセリアが絶世の美男だっただけ。


 性格やら才能やら家柄やら、人間の格を決める要素は太古より多くある。中でも男女ともに恋愛要素が最も生まれやすいのが、第一印象を決める外見。ブサイクとイケメンでは、そもそもスタート地点からして違うのだ。











「ねぇねぇ、聞いた? 見た? 学年別試験の結果」


 こそこそと人目を憚って多くの女子生徒が空き教室に集まる。彼女たちは声を極力抑えながらも、興奮の色が浮かぶ顔で話を広げる。


「見た見た! ヘルメス様が総合一位ですって! しかも、全ての試験で満点」


「うわぁ、さすがヘルメス様……百年に一度の天才と言われるだけあるわ」


「それだけじゃない、ヘルメス様の容姿もまた百年の一度のもの。性格も優しく、物腰も柔らかい。そのうえ実家は王国でも有数の公爵家。神様があらゆる恩恵を与えたとしか思えない存在よねぇ!」


 きゃあきゃあと彼女たちは盛り上がる。


 空き教室に集まった生徒の全員が、仲良くヘルメスの話題のみで花を咲かせていた。右を見ても左を見ても、いくら耳を澄ませようともヘルメスの話題しか聞こえてこない。




 そんな彼女たちは、自称<ヘルメス様ファンクラブ会員>だった。




 学園に入る前から、たびたびパーティーなどで姿を現すヘルメスを慕う者は多く、貴族令嬢のおよそ半分以上が淡い恋心を抱いていた。中には、ヘルメスに危険なプレゼントを届ける者までいる。


 もちろん頭髪や血の入ったお菓子など、ヘルメス本人に届くまえに検品され、無事廃棄処分されるが、それを知ってもなお令嬢たちの暴走は止まらない。


 当の本人は「さすがイケメン公爵令息。人気だねぇ」と暢気なことを言ってるが、人によってはガチの負傷者や死人まで出かねない激情を向けられていることに、ヘルメスだけが気付かない。使用人から家族にいたるまで、ヘルメスを慕う者たちはそんな危険人物たちから主人、家族を守るために日々がんばっている。


 ヘルメスの両親がウィクトーリアを気に入っているのも、家柄がよく性格もまともで結婚するのに適した令嬢だからだ。願わくば、このまま仲が深まり、他の令嬢たちへの防波堤になることを望んでいる。


「そう言えば私、前に中庭で転びそうになっていたところをヘルメス様に助けてもらいました。危ない、と思った時にはあの方の綺麗な手が私の手を掴んでいて……ふふ、しばらくは自分の右手が色んな用途に使えましたの」


「それはそれは……羨ましい。私なんてできたことと言えば、ヘルメス様へ似合う贈り物をプレゼントしたくらいでしょうか。青色の鮮やかなハンカチを受け取ってくれた時のヘルメス様の笑顔を思い出すだけで、あぁ……下半身がゾクゾクします!」


 一体なんの用途に自分の右手を使ったのか。下半身がゾクゾクするとはどういう意味なのか。それを誰もが笑って受け流す。誰もが当然のように理解していた。


 これでもまだヘルメスを慕う令嬢たちの中では、比較的まともな部類に入るのだからいよいよヘルメスの身に、本格的な女難の相が出るのもそう遠い話ではない。むしろ、使用人たちに見守られているとはいえ、未だヘルメスの身が無事であることが奇跡だった。


 一番そばに控えるメイドのフランが、用心深くヘルメスの周囲を見張ってるということもあって、なかなか令嬢たちは彼に近付けない。なんやかんや、一番大変なのは彼女であった。


「ああ、ヘルメス様のことを思うと、今から夏休みのが楽しみで仕方ありませんわ。ヘルメス様には、意中のお相手がいるのでしょうか?」


「<狩猟祭>のことですね! 私も楽しみです。ですが、魔物を送られたからと言って、それがイコール恋愛感情に繋がるとは言えないのでは?」


「それでも貰える方に嫉妬してしまいますっ。これは感情のお話。あなたとて、心から祝福できるのですか? 自分が貰えなくてもいいと言えるのですか?」


「まさか! 私だって欲しいです! 全財産をはたいてでも買いたいですよ!」


「でしょう!? だからこそ、我々は希望が小さくても願わずにはいられない。ああ……小さな魔物でもいいから、いただけないかしら……」


 令嬢のひとりで発した<狩猟祭>の話を聞いて、その場にいた全員が脳裏に同じ光景を思い描く。


 それは、上級貴族ならともかく下級貴族では絶対に叶わぬと思えるほどの妄想。だが、妄想せざるを得なかった。


 誰だって、物語のヒロインに憧れる。今回の話はそれと同じだ。


 静まり返った室内に、令嬢たちのため息が続々と吐かれていった……


———————————————————————

あとがき。


これにて一章『入学編』は終わり、

物語は次の二章『夏休み編』へ入ります!

夏休み編では、

『倶利伽羅への貢ぎもの』

『人造魔人』

『肝試しと妖精の涙』

以上の三つのシナリオを用意し、既存のゲームのストーリーをなぞりながら、ヘルメスくんが少しだけ(精神的に)成長したり、新たな謎(と言う名のイレギュラー)が増える予定です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る