二章 夏休み編

第37話 親バカ

 最初の共通イベント<学年別試験>が終わってさらに一ヶ月の月日が経った。


 全ての試験でオール満点を取った俺は、王立第一高等魔法学園内で非常に目立ち、ここ一ヶ月ほどはまともに廊下を歩けないほどの人気を勝ち取った。


 まあ、俺に話しかけてくる生徒の大半は女子生徒だったから、黄色い声に混ざってかなりの縁談話が混ざっていた。結婚する気はないので聞こえなかったフリをしてスルーしてみたが、女性の意地というものは凄い。いくら無視してもがっついてくる。


 そんなこんなで改めて女性の逞しさを感じはじめたこの頃。とうとう季節は真夏に突入。元がゲームだけあって、<ラブリーソーサラー>の夏季はそれなりに暑い。日本ほどの猛暑とは言わないが、少なくとも二十五度以上は出ているっぽい感じがする。


 あぁ……冷たい日本の氷菓が懐かしい……


 なんて心の中で哀愁に溺れていると、教卓の前に立った教師テレシアがクラス中の生徒たちに大きな声で告げた。


「明日から一ヶ月ほどの夏休みに入ります。その間、用がない者は学園に立ち入ることはできません。もちろん寮から出て自宅へ帰ってもらいます。出された宿題を計画的に終わらせ、くれぐれもハメを外しすぎないように過ごしてくださいね」


 教師テレシアの言葉に、集まった<1-1>の生徒たちが声を揃えて「はい」と頷く。俺も当然のように頷いたが、ハメを外す気まんまんなので形だけの承諾だ。


 この夏には少なくとも俺が知る共通イベントが二つある。前者はともかく、後者の<人造魔人>に関しては、今の俺のレベルじゃクリアが危ぶまれる。なので、明日から早速、ダンジョンに潜ってレベリングを始める予定だ。


 両親の手伝いやらなんやらで少なくない数の日程が潰れるが、それでも普段の週五日の授業がなくなるのはデカイ。やりたい放題の夏がくる。


 淡々と夏の後に控える秋のイベントの話などをする教師テレシアを無視して、俺はひたすら明日からの夏季休暇に想いを馳せるのだった。




 ▼




 めくるめく夏休みに入る。


 学園長や教師テレシアの話を全て聞き終え、寮に置いてある荷物を軽く持ち帰って校門を潜れば、実質的にもう夏休みに入ったと言っても過言ではない。事実、同じように校門を潜った生徒がちらほらと眩いほどの笑顔を浮かべている。おそらく俺と同じ気分を味わっているのだろう。


 目の前で停まったルナセリア公爵家の家紋入り馬車にメイドのフランとともに乗り込み、両親の待つ公爵邸へ向かった。


「ねぇ、フラン」


「はい、なんでしょうか、ヘルメス様」


 移動を始めた馬車の中で、窓際の縁に頬杖を突きながら俺が口を開く。


「今日は本当に父上と母上が来てるの? 父上は王都での仕事で忙しいだろうけど、母上は領地のこととかいいの? それに、ルキナのことだってあるし……」


「我慢してしっかり甘えられてください。ユーリ様の機嫌を取るのも息子であるヘルメス様の役目です。普段はあまり会えないのですから、少しくらいはいいでしょう?」


「母上のアレは、決して少しなんて生ぬるい感じじゃないけどね……ハァ。ルキナも来るの?」


 親バカその一である母の暴走っぷりを思い出して、全身からすでに疲労が出てくる。


 家に帰ったら間違いなく揉まれるんだろうなぁ……文字どおり全身を。


「ルキナ様は来られませんよ。本人は、学園の終業式を休んででも来るつもりでしたが、ユーリ様に止められてまだ領内にいるかと」


「よかった……ルキナまで来ると収拾つかないからね。とはいえ、母上が帰るまではしばらく玩具か……はは」


 もはや乾いた声しか出てこない。


 それでも無慈悲に馬車は進み、やがてルナセリア公爵邸が見えてくる。


 事前に「このくらいの時間になったら帰る」と伝えてあるので、公爵邸に近付くと正門を越えた先の庭に多くの使用人たちがスタンバイしていた。


 その内のひとりが向かってくる馬車に気付くと、くるりとその場で反転、いそいそと邸宅へ入っていく。そして、ほんの五分ほどで玄関扉が大きく開かれた。中から出てくるのは、嬉しそうに笑う父と母である。


 馬車を停め、ゆっくりと降りた俺の下へ、感極まった様子で母が抱き付いてくる。鍛えた身体能力で母を受け止め、きゃーきゃーうるさい彼女へ声をかけた。


「た、ただいま戻りました……お久しぶりですね、母上」


「ええ、ええ。おかえりなさい。そして久しぶりねヘルメス。前のように『ママ』と呼んでもいいのよ?」


 いつの話だ!


 それってヘルメスがまだ五歳とかそのくらいの頃の話だろ!? しかも母がすすんで呼ばせていた記憶が残っている。


 さすがに十年経った今でも『ママ』呼びしてたら気持ち悪い。


 俺はグッと出かかった嫌味を全力で呑み込み、努めて冷静に、笑顔で言葉を返した。


「はは……この歳で母上をそんな風に呼べませんよ。ご冗談もほどほどにしてください」


「まあ。冗談のつもりはなかったのだけれど……」


 なお質が悪い。


 だが俺は笑顔のまま母の言葉をスルーする。見かねた父が会話に割って入ってくれた。


「家族の団欒を邪魔するのは心苦しいけど、先に中へ入ろう。ヘルメスも学園から帰ったばかりで疲れているだろうしね」


「! そうだったわ。そう。学園のこと。全ての試験で満点を取ったのでしょう? 母は誇らしいわ! 前からヘルメスは優秀だと……」


「はいはい。中に入ろうね~」


 久しぶりに会ったせいか、息子と話したい欲求を隠そうともしない母。鼻息荒いそんな母を無理やり俺から引っぺがし、背中を押して邸宅のほうへと連れ去っていく父の姿を見送って、俺は盛大にため息をついた。


 この様子だと、母が領地へ帰るまでのあいだ、やはり確実に玩具にされる未来は確定した。


 背後に控えるフランが、小さな声で「頑張ってくださいね。根性です根性!」とかふざけたことを抜かしていたので、歩き出す前にデコピンだけしておいた。


 高い筋力数値が強烈なデコピンをフランへと食らわし、俺は満足げに笑うとルナセリア公爵邸の玄関扉を潜って中に入る。


 涙目のフランが、背後から恨めしい感じの視線を送ってきているっぽいが……気付かないフリをした。


 なにはともあれ、俺の夏休みが始まる。

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