第200話 終わりの始まり

 視線の先に全身が漆黒の鱗で覆われた小さな竜が見える。


 遠目だからハッキリとしたサイズはわからないが、恐らくククと同じくらいだと思われる。


 咆哮の正体はその黒い竜だ。


「あ、あれは……間違いなく、黒き竜」


 隣でツクヨが顔を青くさせていた。


 この世の終わりだと言わんばかりに声が震えている。


 だが、俺もまた体が震えた。伝わってくる圧倒的なオーラは、これまで戦ったどのモンスターよりも強いと思われる。


「は、はは……まさかこのタイミングで復活するとはな」


 それにしたってサイズが小さいように見える。


 あれが本来の姿なのか、封印されたことで背が縮んだのか。


 どちらにせよ、明確な殺気を向けている以上は敵だ。


 俺は急いで竜のもとへ向かった。


「ククとツクヨさん、ヴィオラは里で待機! 絶対に俺についてくるな!」


 叫ぶように後方の彼女たちへ告げて走る速度を上げる。


 ぐんぐん切り替わる世界の中、鮮明に竜の声が聞こえてきた。


『くくく……ようやくこの日がやってきた。始まりの日だ。すべてが終わる』


 その声には聞き覚えがあった。


 夢で聞いた声とまったく同じだ。間違いなく相手の正体が黒き竜だとわかる。


「クソッ!」


 状況は悪い。


 まさかモンスターの襲撃があってすぐに現れるとは俺も思っていなかった。


 覚悟は決まっていないが、それでも俺は走る。




 里を出て森の中へ。


 木々の隙間を抜けながら竜のもとに急ぐ。


 しばらくすると竜が浮かんでいる真下に到着した。


 なぜか竜はそこから一歩も動いていない。


 俺が近くにやってくると、じろりと視線を下げてゆっくりと降りてくる。


 やがて、俺の数メートル先の地面に着地する。


「お前が黒き竜か」


『わかりきったことを訊くのか?』


「一応訊いておいただけだよ。知らない竜だったら可哀想だろ?」


『可哀想?』


「ああ。殺したら恨まれるじゃん」


『……くく、ははは!』


 俺の言葉に黒き竜は大きな声で笑う。


 クソうるせぇ。体はククと同じくらいなのに、その声量はククをはるかに超えていた。


『今代の英雄はずいぶんと自信があるのだな。まさか俺を倒せるつもりでいるとは』


「倒せるつもりじゃなかったらこんな所までこねぇよ。わざわざ面倒なことしやがって……もう封印してもらえるとは思うなよ。ここで確実に殺す」


 鞘から剣を抜く。


 構え、いつでも攻撃できるようにした。


 しかし、竜は一向に戦闘態勢には入らない。


 涼しげな表情で俺を見つめると、ややあって口を開いた。


『まあ落ち着け、英雄。何も我々は今すぐに争う必要はない』


「なんだと?」


 どういう意味だ。


『たしかにお前は邪魔だ。俺の邪魔をするなら殺す。が、何も知らないままでは可哀想ではないか』


 先ほどの意趣返しと言わんばかりに笑われた。イラッ。


『教えてやろう。この地でどれだけ悲惨な争いがあったのか』


「それはもう教えてもらった。というか本で読んだ」


『くはっ! 本などただ跡地を見た者が書いたに過ぎない。文字では伝わらないこともある』


「何が言いたい」


『要するに、俺と戦うのはオススメしないってことだ。とはいえお前から感じるオーラもなかなか悪くない。恐らく人間の中でもトップクラスのツワモノだろう。かつて戦った英雄に匹敵、あるいは超えているようにすら思える』


「まあ、一応は救世主様って呼ばれているしな」


 本人の同意はないが。


『ふん。救世主か……他人に任せることしかできぬ弱者の戯言など虚しいだけ。お前には何も責任がないのだ、さっさと逃げればいいものを』


「なに言ってるんだか。力を持つ者にはそれなりの役目ってものが存在するんだよ。ただ暴力を振りまくお前にはわからないだろうがな」


『たわけ』


 小さく、捻り出すような声だった。


『俺以上にその言葉を知るものはいない。どれだけの年月、俺がこの島のために頑張ったことか』


「褒めてほしいのか? 褒めれば満足なのか?」


『いいや……もはやそんな次元はとうに過ぎ去った。竜玉を得て完全なる龍へ至る。さすれば俺を認めぬものなどいなくなる』


 ぎゅうっと黒き竜は拳を握る。


 声色からさまざまな想いが伝わってきた。


 黒き竜にもいろいろあるんだろうな。だからと言って里の人間を虐殺などさせないが。


「だったらやっぱり交渉は決裂だな。俺はお前を倒すよ」


『……そうか。運命は巡るのだな』


 そう言うと今度こそ黒き竜から強い殺気を向けられた。


 やる気になったらしい。


『残念だ。お前ほどの人間を失う故郷の国が』


「意外といい奴なのやめてくれよ。殺しにくいだろ?」


 腰をわずかに落とした。


 お互いに完全に戦闘態勢だ。いつでも攻撃できる。


 睨み合い、見つめ合い、無限にも思えるほどの時間が流れ……。


 ほんの刹那の瞬間には、お互いに肉薄していた。


 戦闘が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る