第165話 いじめではありません

 上級ダンジョン永久凍土の中間エリアを過ぎた俺たち三人は、そこを守っているボス〝スノウホワイト〟と戦闘を繰り広げる。


 と言っても、実際に戦っているのは俺だけだ。シルフィーもククも遠くで勝負を見守っている。


 スノウホワイトは単純な攻撃パターンしか設定されていない哀れな中ボスだ。


 パターンを詳しく知ってる俺からしたら、コイツ以上のカモはいない。


 実際、スノウホワイト対策のひとつ、ひたすら背後に回るで一方的に相手を殴り続けている。


 さすがにリアルのモンスターだけあって、ゲームにはなかった苛立ちの表情を浮かべているが、それだけで縛りのようなモーションは変えられない。


 ずっと爪を振るい、その度に俺に後ろに回りこまれて攻撃を受ける。その繰り返しだ。


 それが何度も何度も、欠伸が出そうになるほど続いたその時。


 ようやく、スノウホワイトの体力が半分を切る。


 白金の騎士よりも体力多くなかったか? やれやれ。これで更に


「グウゥ……ガアアアアァァ————!」


 再びスノウホワイトが叫ぶ。


 周囲によく響く咆哮だ。積もった雪すら震えているように見える。


 そして、地面に突き刺したスノウホワイトの腕が、徐々にそこから白みを帯びていく。


 あっという間にスノウホワイトの体が真っ白になった。


 続けて、今度は体の節々が凍りに覆われていく。全てが覆われるのではなく、肩や背中、膝や頭部などに氷が生える形だ。


 まさに白雪。これこそが本来のスノウホワイトの姿である。




「ヘルメス、大丈夫? なんだかあのクマ、元の姿より大きくなったような……」


 雰囲気を変えたスノウホワイトを見て、少し離れたところからシルフィーの心配する声が届く。


 俺は平然とそちらへ手を振って、「問題ない」と答えた。


「大丈夫だよ、シルフィー。スノウホワイトの体積自体は増えてないと思う。氷や霜をまとったから大きく見えるだけさ。仮に少しばかり大きくなっていても……あの姿には、致命的な弱点がある」


「致命的な弱点?」


 そう。スノウホワイトはその厄介な特性の攻略方法さえ知っていれば、全中ボスの中でも恐らく一番雑魚。


 第一形態ですら一方的にボコることができ、第二形態にもかなりヤバい弱点が存在する。


 そもそも、上級ダンジョン〝永久凍土〟は、凍結の状態異常と即死罠が凶悪極まりないだけで、道中に出てくるモンスターは別に強くもなんともない。


 やたらノックバックと凍結を多用してくるだけで、メインはやはり罠にある。


 ゆえに、しっかり経験を積み、なおかつダンジョンの攻略方法を知る俺ならおそるるに足りない。


 地面から爪を引き抜き、冷気すらまとったスノウホワイトがこちらを睨む。その眼光には、モンスターらしい純粋な怒りと殺意が宿っていた。


 地面を蹴り、凍結したことで攻撃範囲を拡張した氷の爪で俺を攻撃する。


 あの攻撃は意外とウザい。攻撃範囲が広くなり、なおかつ全ての攻撃に確定で凍結と凍傷の状態異常が付く。


 凍結は無防備での硬直。凍傷は持続ダメージと体力の消耗。消耗とはつまり、HPの最大値の減少にある。


 攻撃を受ければ受けるほど、最大値がどんどん減少してまずいことになる。


 俺みたいに〝状態異常耐性〟がない場合は、特に回避が重要になるくらいには厄介な攻撃だ。


 しかし、その氷こそがヤツの弱点。


 氷と言えば炎。アニメや漫画はもちろん、氷を溶かす熱量を持った炎は、現実でも有利なのは言わずもがな。


 第一形態にはまったく効果がないが、この第二形態になることでようやく、魔法に対する耐性が著しく下がるのだ。


 どれくらい下がると言うと——。


「————〝火球〟」


 火属性初級魔法、火球。


 小さな炎の球が、俺の手元から離れてスノウホワイトの腕に当たる。


 振り下ろし、見事にかわされて空を切ったスノウホワイトの腕が、もっとも威力の低い初級魔法を受けて——した。


「やっぱりそれも変わってないんだな。ご愁傷さま」


 スノウホワイトは痛みにもがき、すぐには攻撃モーションに入れない。


 俺は地面を蹴って肉薄する。剣を構え、わずかな時間でスノウホワイトの体を刻む。




 これこそがスノウホワイトの弱点。


 氷や霜をまとったことで、そこを攻撃されると、氷が強制的に


 それはゲームでいう防御力低下や耐性低下を意味し、さらに長時間の硬直まで与えてしまう。


 あとは無防備なスノウホワイトに、一番効く物理攻撃を叩き込めばあら簡単。スノウホワイトがまたしても無傷で倒せる。


 この設定を考えた奴は鬼畜だと思う。火属性魔法を断続的に当てていけばクソヌルゲーなのだから。


 逆に、スノウホワイトはそうしないとクソ硬い。第二形態は物理でもほとんどダメージを負わせられないので、火属性魔法を使わないと通常の三倍以上は時間がかかる。


 ゆえにこれは正攻法。最初知らなくて、コイツと激しい戦闘を繰り返して負けたのはいい思い出だ。


「そらそら! どんどん行くぞクマさん!」


 俺は容赦しない。ククみたいな例外はともかく、ダンジョン産のモンスターはただの経験値だ。


 苦しむスノウホワイトを見て、その後も嬉々として火属性魔法をぶち込む。


 戦闘が終了するまでのあいだ、スノウホワイトは得意の氷攻撃がなにもできなかった。

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