第166話 水属性上級魔法の書

 ズウウウウゥゥッッン。


 鈍い音が鳴り響く。地面が大きく揺れ、思わずわずかに体が斜めに傾く。


 上級ダンジョン永久凍土の中間ボス、スノウホワイトが倒れた際の影響だ。


 せっかく第二形態に入ったというのに、攻略方法を完璧に覚えていた俺の手で、得意の氷攻撃がまったく出せないままあっけなく斬殺された。


 夥しいほどの鮮血と、悔しさ百倍みたいな表情を浮かべてスノウホワイトが絶命する。


 ぽろぽろと体の端から消滅していく巨大なクマを見下ろし、遠くで観戦していたシルフィーたちが戻ると、俺は剣を鞘に納めて手を上げる。


「勝ったよシルフィー。な? 問題なかっただろ」


 にこやかに笑ってみせると、シルフィーとククはあまり顔色が優れなかった。


「そ、そうね……ええ、完璧な勝利だったわ。あんな強そうなモンスターをほぼ一方的に倒すだなんて……自分が妖精という名のモンスターじゃなくてよかったと心底思ったわ」


「くるぅ……」


「ククも、自分がモンスターじゃなくてよかったって。敵対しなくてよかったって言ってるわ」


「いやシルフィーはともかく、ククは普通にモンスターだよ」


 なにを言ってるんだこの子たちは。


 ドラゴンなんてどこからどう見たってモンスターじゃないか。上級ダンジョンにもいるぞドラゴン。


 ククは小さくて強いドラゴンには見えないが、少なくとも人間でない以上はモンスターに変わりない。


 ちなみにそれで言うと、妖精のシルフィーも扱いはモンスターだ。


 妖精は人間との共存に積極的で、なおかつダンジョンの敵としては出てこない。


 続編ではどういう扱いなのかは知らないが、少なくとも俺が知るラブリーソーサラー1の世界では、妖精は出てこないし、シルフィーを見るかぎり敵とは思えない。


 ククもシルフィーも、珍しく人間の味方をするモンスターなのだ。


 別に討伐したりしないよ。


「ククはもうちょっと大人しくしてないと、そのうちヘルメスに狩られちゃうかもよ。気をつけなさいね」


「きゅるっ」


 がぶり。


 余計なことを言ったシルフィーを、ククが捕食した。


 ククの口内があっちにこっちにドタバタと激しく動き出す。めちゃくちゃシルフィーが暴れていた。


「ちょっとおおおお!? 出してよ臭いいいいい!!」


 モゴモゴとククの口が異様な形に変形していく。


 だが、大して痛くないのか、ククは口を閉じたまま微動だにしなかった。


「……さて、と。そろそろ魔法書が隠された洞窟の前に到着するし、時間も押してる。急ごうか」


 こくり。


 俺の言葉にククだけが反応を示し、なおもグニグニとシルフィーの攻撃で変形する口を閉ざしたまま、歩き出した俺の後ろを追いかける。


 ごめんねシルフィー。長くとなると思って無視しちゃった。


 ちゃんと後で謝らないと。




 ▼




 しばらくのあいだ、危険な即死罠を避けて、道中に出てくる雪男たちを怒りに任せて討伐したあと、ようやく目当ての場所に到着する。


 氷で覆われた洞窟だ。


 一番山の上まで登ったはずなのに、遠くではまだ山の先が示されており、さらに洞窟まであるのはどういう原理だろう。


 洞窟は坂道になっている。そこまで急ではないが、普通、こういうものは山の中腹とか一番最初のあたりにあるのでは?


 疑問を脳裏に浮かべながら洞窟の奥を目指す。


 洞窟は一方通行だ。迷うことなく最奥へ辿り着いた。




「——お。魔法書発見」


 洞窟の一番奥、突き当たりの壁の前に十戒で見たのと同じ祭壇のようなものが置いてあった。


 石造りの祭壇には、一冊の本が置かれている。あれこそが水属性の上級魔法書。


 逸る気持ちを抑えて魔法書のもとへ向かう。


「プペッ!」


 バシッ、と背後では何かが地面に落ちた音が聞こえた。


 直後、


「こらクク! ベタベタになったじゃない! どうしてくれんのよ、この青トカゲ!」


 というシルフィーの文句が聞こえた。声がより鮮明になったのは、疲れてククに吐き出されたからかな?


 気にせず俺は、祭壇に置かれた青色の魔法書を手に取った。


 本を開くと、途端に凄まじい情報が俺の頭を駆け巡る。


 そして、無事に上級魔法を習得することができた。


「よしよし。これで神聖属性に続いて水属性の魔法も上級に達した。さらにINTが上がって強くなったぞぉ」


 残すは、土、風、火、闇の四つの属性だ。攻略優先度で言えば、次に攻略しやすいのは土と風だろうな。


 個人的には水魔法も覚えたし、火の上級ダンジョンも悪くない。


 踵を返してシルフィーたちのもとへ戻る。


「二人とも、お待たせ。上級魔法を覚えられたよ」


「ヘルメス! ククに文句言ってちょうだい! この子、先輩であるあたしに生意気なのよ!」


「くるる! くるぅっ!」


 ぱしぱし、とククも尻尾を地面に打ち付けて猛抗議していた。


 仲がいいのか悪いのかよくわからないな、この二人は。


 やれやれ、と苦笑しながら俺は二人を連れてダンジョンを出る。


 「まあまあ」と喧嘩を止めてみたが、二人の暴走は止まらず、最終的にまたシルフィーがククに食べられて決着した。


 偉いぞシルフィー。魔法を使わないなんて。


———————————————————————

あとがき。


今後の作品の更新に関してのお話と相談を近況ノートに載せました。

よかったらご確認よろしくお願いします!

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