第174話 竜の里から

 上級ダンジョン〝失楽園〟で土の上級魔法を習得した。


 土は地形にも作用する優秀な魔法だ。俺はステータスが高いからゴリ押すことが多く、これまで土属性の魔法を使う機会がなかったが、今後はなにかの役に立つかもしれない。


 そう思いながらダンジョンから地上へ出る。


 約束どおりシルフィーに美味しいお菓子でも買ってあげると、家に帰る前に食べ始めたからさすがに焦った。


 食べること事態に問題があるわけじゃない。問題なのは外で食べているという状況だ。


 彼女は基本的に、妖精魔法への高い適性がないと視認することすらできない。


 そうなると食べ物が急に空中で消えているように見える。完全に周りの目を引くだろう。


 俺とククは必死になって彼女のことを隠した。


 最後にはククがシルフィーをお菓子ごと食べて解決する。


 ククってすごく便利だな……。




 ▼




 翌日。


 ルナセリア公爵家に一枚の手紙が送られてきた。


 それを受け取るとすぐに中身を確認する。


「…………王宮へ来てほしい?」


「はい。お父様がヘルメスさまをお呼びです。なにやら重要なお話があるとかなんとか。ご同行をお願いしてもよろしいですか?」


 わざわざ父からの手紙を渡しに来てくれた第五王女ヴィオラ。


 さらりと髪が揺れ、輝くほどの瞳が俺の顔を捉える。


 国王陛下からの要請を無視することはできない。いくら俺が天才でもな。


「了解しました。すぐに支度をするのでお待ちください」


「あの青いドラゴンも一緒にお願いしますね。どうやら陛下は、あのドラゴンにも用があるらしいので」


「ククに……?」


「クク? あのドラゴンの名前ですか? ずいぶんと愛着ができたのですね。名前を付けるほどとは知りませんでした」


「これから長い付き合いになりますからね。いつまでもドラゴンって呼ぶのはちょっと」


「なるほど。ふふ……ヘルメスさまらしいです」


 俺らしい? それってどういう意味だ?


 首を傾げるが答えは出なかった。訊ねてみようかと思ったが、それより先に支度を済ませる。


 家の前に停まった王家所有の馬車に乗る。ドラゴンが乗ってもいいようには作られていないので、ククには言い聞かせてもう一台の、こちらはルナセリア家所有の馬車に乗せる。


 さすがにククをそのまま連れ出すことはできない。街中パニックになる。


 ヴィオラ殿下の指示で動き出した馬車の中、対面に座る彼女の笑みに不敵なものを見た。




 ▼




 二十分もすると王宮に到着する。


 窮屈だったのか、馬車が停まるなりすぐにククが飛び出してきた。


「くるぅっ!」


「よしよし。よく我慢したねクク。偉いぞ」


 ククの頭を撫でてあげる。


「本当によく懐いてますね……ヘルメスさまの言葉も理解しているようですし」


「この子はたぶん、ただのモンスターではないのでしょう。知能が恐ろしく高いです。殿下の言葉も理解していると思いますよ」


「それはまた……すごいですね。それくらいしか感想が出てきません」


「気持ちはわかります。俺もそうですから」


 ククの知能の高さは、ドラゴンだからという一言で解決できるものではなかった。


 もしかするとククは、俺の予想以上に今後の展開に必要なキャラなのでは?


 そうでなきゃ高い知性を持つ青色のドラゴンが、主人公である俺に懐く理由がわからない。


 ぺろぺろと人の顔を舐め始めたククの顔を押し出す。


「はいはい。嬉しいのはわかったから人の顔を舐めないでくれ。これから国王陛下に会うんだ、その前に汚さないでクク」


「くるぅ? くるくる」


 え~? わかったとククが頷く。


 その光景にまたしてもヴィオラ殿下が驚いていた。


「本当に……不思議な姿ですね。人間に付き従うドラゴンなんて」


「俺に付き従ってるのかどうかは怪しいところですがね」


 コイツ弱いし、守ってくれるとでも思われていそう。


 ちなみにシルフィーは完全に舐められていた。ククより強いのに格下だと思われている。


「私にはそういう風に見えていますよ。そろそろ陛下のもとへ向かいましょうか。お喋りはまたあとで」


「わかりました」


 前庭のあいだを通り抜けていくヴィオラ殿下のあとに続く。


 ククがさらに俺の背中を追いかけて異様な列を成していた。


 当然、俺たちを見た王宮勤めの使用人たちは、事前にドラゴンが来ることを知っていたのか、恐怖を抱きつつも遠巻きにこちらを眺める程度で落ち着いていた。


 長い長い通路を抜けて、王宮内部の奥に辿り着く。


 一枚の大きな扉が見え、その先に国王陛下がいる。


 門番たる騎士たちが俺たちを見ると、やや驚いたあとに扉を開けてくれた。


 煌びやかな装飾に囲まれた謁見の間にやってくる。


 何度見てもこの景色は慣れない。ぴかぴかしていて目が痛くなる。


 扉が開くと、ゆっくりとヴィオラが歩き出したので、その後ろを追いかけた。


 やがて国王陛下が座る玉座の十メートルほど前で足を止める。次いで、頭を下げたヴィオラと同じく俺も頭を下げた。


 背後でククが頭を下げる気配を感じ取る。


 お前はいいんだよ別に。




「ヘルメス・フォン・ルナセリアと件のドラゴンだな。よく来てくれた。面をあげよ」


 許可が下りたので顔を上げる。


 すると、陛下から少しだけ離れた右側に見覚えのない女性が立っていた。


 そう言えば部屋に入った時からいたな……誰だ?


 内心で首を傾げていると、すぐに陛下から彼女を紹介される。


「今回ヘルメス公子を呼び出したのは彼女の願いだな。紹介しよう。はるばる東の大陸からやってきた、ツクヨ・スメラギ殿だ」


「はじめてましてルナセリア公子さま。わたくし、竜の里から参りましたツクヨです。竜王さまもご健在でなによりです!」


 ……竜の里の人間?

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