第121話 次の相手

 俺とレア、ミネルヴァの昼食に平然な顔して混ざるルキナ。


 我が妹ながら、なかなかの豪胆っぷりだ。


 全員で昼食を摘みながら、このあとに控えている決勝戦の話をする。


「……それで、決勝戦ではお兄様は出られるんですかね? このままミネルヴァ様やレアさんが勝ったりしたら、ほとんどの生徒は残念がるとは思いますが」


 ごくりとお茶を飲んでルキナが呟く。それは俺に対する言葉ではなかった。


 右隣に座るミネルヴァが、サンドイッチを呑み込んでから答える。


「ごくん。そうですわね。皆さまには申し訳ありませんが、第一学園の圧倒的な実力を示すためには、ヘルメス様を出させず勝つのが理想。多くの生徒が、たとえそれを望んでいないとしても、わたくしは全力で相手を潰します」


「僕もわざと負けたりはしないかな。ヘルメスくんとあのニュクスさんの試合は見てみたいけどね」


 ミネルヴァの対面、俺の左隣に座るレアも彼女の言葉に同意する。


 二人とも目指すべきは勝利しかない。


 その考えには俺も同意する。最悪、俺が一度も出場しないまま第一学園が勝ってもいい。


 そういうルートがあっても悪くない。


 俺は楽できるし、周りも第一学園の圧倒的な優位に湧くだろう。


 問題があるとしたら、同じく戦えなかったニュクスが不満を覚えることくらい。


 試合が終わったあとで戦えとか言われそう。


「なるほど。もっともな意見ですね。個人的な意見を申し上げるならば、お兄様が活躍する姿をこの目に刻んでおきたいところですが……ふふ。【秋の対校戦】という舞台の上で手加減をする生徒など、他の生徒たちから非難の的になるのは間違いない。ええ。きっとお二人が全力で戦えば、だれもが歓喜の声を上げるでしょう」


 にこりと、ルキナは人当たりのいい笑みを浮かべる。そこには本音の気持ちが宿っていた。


 こうして見ると彼女は普通だ。普通にいい子だ。俺さえ絡まなければ、学園でも人気の高い生徒らしい。


 だが、俺が絡むと彼女は豹変する。その悪質的な思考は、相手をどう苦しませようかという考えで埋まる。


 その考える、という過程がなく暴れ出す姉エリスに比べれば、それでもマシなのが本当に笑える。


「まあ、次の第二学園はきっと苦戦するだろうけどね」


 甘味を食べきったレアが、口を拭きながらぽつりと漏らす。


 ルキナが首を傾げた。


「第二学園はお兄様と同じ天才がいる学校……。それ以外の生徒もたいへん優秀なのですか?」


「それは知らないけど、前にひとりだけ会ったことがあるよ。アリアンって女の子。魔法の部の代表で、試合を見たかぎり、相当な才能を持ってるね~。ほとんど手加減した上で勝ってるし、あの子の相手は骨が折れそうだよ……」


「そう言いながら、口元がニヤけていますわよ、レアさん」


 同じくサンドイッチを食べ終えてミネルヴァが、呆れた眼差しでレアを見る。


 指摘された彼女は、「たはは」と後頭部をかきながら言った。


「ばれちゃったか~。うん。すっごい楽しみ。秋の対校戦に僕が出場した理由は、色んな人の魔法を見るのが目的だしね。それでいうと、やっぱりヘルメスくんとニュクスさんの戦いは楽しみだなぁ。……大丈夫! ミネルヴァさんが勝てば回ってくるから!」


「最初から自分が負けること前提で話さないでください……。先ほどの気迫はどこへ置いてきたんですか」


「えー……だってアリアンさんは強そうだもん。これまでの試合を見たかぎり、僕と同じかそれ以上。勝ってる部分で翻弄したいけど、それも通用するかどうか……」


「不安そうな言葉とは裏腹に、ずっとニヤけてますわね……」


「それがレアだからね」


 思わず俺も苦笑してしまう。


 レア・レインテーナ。


 魔法においては、俺やゲームの主人公を除けば最高の天才と称される少女。


 彼女は誰かに嫉妬したりはしない。むしろ称える。自分が持っていない者への興味があるゆえに。


 俺は知ってる。レアがどんな女の子かを。前世でいろいろな話を交わした。


 ——もちろん、画面の中での話だが。


「さて……食事も終わったし、そろそろ第二訓練場へ戻ろうか。二人とも準備はいいかい?」


 そう言って席から立ち上がる俺。


 それを見た二人が、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。


 レアは楽しそうに。ミネルヴァは内側に宿る闘志を燃やして。


 最後にルキナも席を立ち、やる気まんまんの二人を見渡してから俺を見た。


「どうやら皆さんの気合は問題ないようですね。頑張ってください、ミネルヴァ様、レアさん、そして——お兄様」


 口角を弓のように曲げた彼女は、じっとりとした視線を俺に向ける。


 それを正面から受け入れて、別れる前に彼女の頭を撫でた。


 ちょっと怖いけど、彼女は俺の妹だ。大切な妹に変わりはない。


「ああ。行ってくるよルキナ。俺が試合に出たら、必ず勝って勝利を捧げる」


「はい!」


 とうとう、決勝戦が始まろうとしていた。

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