第120話 優等生

 俺の前にひとりの女性……というかが現れる。


 ——なぜルキナが第1学園にいるんだ!?


 彼女が在籍する第4学園中等部は、王都から離れたルナセリア公爵領にあるのに。


 その疑問に気付いたのか、くすくすと笑いながらルキナは答える。


「ああ……その顔、わかりますよ。わかります。きっと、なぜ私がいるのか理解できないと思っているんでしょう? ふふ……ふふふ。お母様に頼んで半ば無理やり来ました。今回の話をもぎ取るために私がどれだけ苦労したか……お兄様なら、わかってくれますわよね?」


 そっと、音もなくルキナが俺の目の前にやってくる。


 まるでそうするのが当然のように腕を組み、母親譲りの色香をバラ撒いた。


 こちらを見ている学生の多くは、俺とルキナの美貌に惑わされる。感嘆の声がどこからともなく上がった。


 けれど、当人である俺は汗を滲ませて返す。


「よ、よく許可が下りたね……。お母様なら拒否するかと思ってたのに」


「ええ。ええ。それはもうダメだ無理だと拒否されましたわ。酷い話です。妹が兄の応援に駆けつけるだけなのに、なぜそれが許されないのか。シクシク。あまりにもルキナは哀しくて——ちょっと、


「え?」


 さらっと衝撃的な発言が彼女の口から漏れる。


 いよいよ混沌の様相を浮かべたままルキナは続けた。


「ご安心ください。襲ったとは性的な意味ではありませんから。ルキナの、私の処女はお兄様のためにとってあります。有象無象など吐いて捨てるしか価値がないのに、私の体に触れることを許すはずがないでしょう? そういう意味ではなく、ただ、純粋に襲いました。魔法の訓練と称して何人もの生徒をボロボロにして……ふふ。そのおかげで、お母様から許可が下りました。大人しくしているのを条件に」


「る、ルキナ……」


 お前ってやつは……どこまでも姉と同じだな!


 実は彼女の姉——俺の姉でもあるエリスも似たような問題を起こしたことがある。




 あれは今年の春頃。


 入学式を控えた俺のまえに、母親が真っ青な顔で告げた。


『姉エリスが、弟の入学式に向かおうとして隣国の都市の一部を破壊。狂った彼女により多くの騎士団員が重症を負った』


 という報告を。


 あの時は本気で眩暈がした。


 たしかに姉エリスは弟バカだ。目の前のルキナと同様に頭のネジが吹き飛んでいる。


 だが、考えなしの彼女と違って、ルキナは計画性が高い。端的にいってルキナは腹黒い。


 今回の件も、魔法の訓練と称してる時点でいくら相手をボコってもいいように理由付けがされていた。他にもいろいろと貴族の弱みでも握っているのだろう。


 でなきゃここまで平気な顔して来れるはずがない。




 またしても俺の知らないところで誰かに迷惑をかけたと思うと、たいへん申し訳ない気持ちになった。


「とりあえずここでいつまでも立っていたら邪魔になるし、俺は昼食を頼んでくるから少しだけ待っててくれ」


「はい、わかりました。でも気をつけてくださいね、お兄様」


「え?」


「お兄様が戻ってこなかったら……ルキナ、なにをするのかわかりませんから」


 にやり、と笑って彼女は告げる。


 その表情が本気だと物語っている。ルキナにとって今日がどんな日だろうと関係ない。久しぶりに会えた兄を前に、少々舞い上がっている。




「き、肝に銘じておくよ……」


 踵を返して、俺はカウンターで昼食を購入する。


 背後からべったりと絡みつく視線を感じながら。




 ▼




 ミネルヴァとレアの分の食べ物を買って、ルキナと共にふたりのもとへ戻る。


 ふたりは、急に現れたルキナを見て目を大きく開いた。


 驚いているのがよくわかる。


「あ、あら……なぜ、こんな所に妹さんが?」


「こんにちは、ミネルヴァ様。去年のパーティー以来ですね、こうして顔を合わせるのは。本日はお兄様の応援に来ました。これまでの試合、たいへん素晴らしい結果でしたね」


 恭しく頭を下げて挨拶するルキナ。


 こういう所作は完璧なのだ。いわゆる外面は。


「僕は初めましてだね。レア・レインテーナだよ」


「初めまして。ルキナ・フォン・ルナセリアと申します。レア先輩のお噂は、私が在籍する第4学園の中等部にも響いていますよ」


「えー! ちょっと恥ずかしいなぁ……。でも、ルキナさんの話も知ってるよ。ヘルメスくんやもうひとりの特待生を除くと、歴史上初めての魔法適性を持ってるって。本当なの? 【神聖属性】と【闇属性】の魔法を使えるって」


「ええ。本当ですよ」




 ——そう。そうなのだ。この子、ルキナは俺と同じように天才だ。同じルナセリアの人間だから驚くべきことではないが、その魔法適性は目を見張るものがある。


 なんせ6つの魔法属性のうち、最も希少と称される【神聖】と【闇】の属性の適性を持っているのだから。


 そんな話、ほかに誰も聞いたことがない。


 ある意味、すべての属性魔法が使える俺やアトラスより希少だった。


「すごーい! 今度見せてよ!」


「構いませんよ。皆さんの試合がすべて終わったら、その時にまた」


 そう言ってにこりとルキナは笑う。いまのところ空気はいい。


 俺は彼女が暴走しない様子を見てホッと胸を撫で下ろし、ミネルヴァたちに昼食を配るのだった。


———————————————————————

あとがき。


☆15000ありがとうございます!!

皆さまのおかげで四章も楽しんで書けます!


近いうちに要望の多かった姉エリスのお話を、

限定近況ノートにて公開しようかと思っております。程々に長いのでのんびり更新しますね!

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