第230話 準備は完了

 その日から、俺の激しい戦いの日々は始まった。


 休みなくモンスターを駆逐していたときに比べれば、休めるだけ楽だったが……俺は、極力、休憩も睡眠の時間も削ってレベリングに励んだ。


 俺の予想通り、あれ以来モンスターの襲撃はない。不気味なくらい里は平和だった。


 しかし、俺だけはひたすらにダンジョンにこもってモンスターと戦う。


 里に帰るのも最低限だ。食べ物や飲み物だけを取りに戻る。


 それ以外は、睡眠だってダンジョンの中で摂っている。


 シルフィーがいないからかなり危険な行為ではあるが、往復何時間もかけていられない。その時間すら惜しいと思った。




 そんな日々が一週間ほど続く。


 そろそろ黒き竜の復活の日だ。


 レベル85を超えた俺は、精神的にボロボロになりながらも竜の里へと帰った。


 今日だけは……久しぶりに爆睡したい気分である。




 ▼△▲




 竜の里に帰ると、早速、ツクヨたちが俺を出迎える。


 ここ一週間ほどで侍以外の住民はほぼ全員が外へ出た。


 今頃は、王都に到着して保護を受けているだろう。鎖国に近い状態だった竜の里が、初めて他国に頼った瞬間でもある。


 それだけ状況は最悪だし、これを切り抜ければ新たな繋がりができる。


 本当に、俺の肩にはいろいろ重いものが圧し掛かっていた。




「お疲れ様です、ヘルメス様。もうダンジョンに行かれることはないんですよね?」


 靴を脱いだ俺のそばにヴィオラが寄りそう。


 一緒に居間まで移動する傍ら、彼女が訊ねた。


「はい。十分にレベルを上げることはできましたし、何より……そろそろ黒き竜が動く頃合いです。準備もしないと」


「ですね。こちらはツクヨさんの指示で、里周辺に罠や防壁を築きました。少しは時間稼ぎができるかと」


「早いですね」


「何もしないわけにはいきませんから。微力ながら、魔法が使える私も協力しましたし」


「となると……あとは戦法ですね」


 二度目の襲撃に対する作戦のようなものを考えないといけない。


 恐らく、次はシルフィーとククがかなり重要になってくる。


 前回と同じことができるなら、俺と休憩を回しながらモンスターを倒せるからね。


「どうやって戦うのかは、ツクヨさん曰く、ヘルメス様が考えたほうが手っ取り早いと」


「さすが。よくわかってますね」


 俺がメインで戦うのだから、勝手に決められるより自分で決めたほうが動きやすい。


 それに、変にこだわる必要もない。重要なのは、俺がいかに休めるかだ。それは前回の戦いで学んだ。




 居間に続く襖を開けると、料理を運んでいたツクヨの姿が映る。


 彼女は俺に気づくと、人当たりのいい笑みを浮かべて挨拶する。


「あ、おかえりなさいませ、ルナセリア公子様」


「ただいま戻りました、ツクヨさん。食事の準備ですか?」


「はい。戻ってきたルナセリア公子様のために、腕によりをかけました!」


「それはまた嬉しいですね。量が多いようですが……」


 とても三人で食べる分とは思えないくらいある。


「それは……あはは。ごめんなさい。ちょっと張り切りすぎたみたいです」


「頑張って食べないといけませんね」


「——その必要はないかもよ?」


「え?」


 シルフィーの声が聞こえ、反射的に振り向く。


 そこには、一週間ほとんど話すことができなかった妖精の姿が。


 それだけじゃない。のしのしと床板を軋ませながら——ククが現れた。


「クク? どうしてここに?」


「ククも私も、あんたが帰ってくるのを待ってたのよ。あとで話しましょ。今は……あの子たちのためにたくさん食べなさい」


「シルフィー……」


「ヘルメス様? どうかしましたか?」


「ああいえ。ククが残飯処理しに来てくれましたよ」


「くるぅっ!」


 ククは嬉しそうに鳴いた。


 残飯でもいいとか家庭に優しい奴だな、ククは。


 久しぶりに会ったので、ククの首元を軽く撫でる。逆にククは……やっぱり俺の顔をべろべろと舐め始めた。


「クク……それはやめてっていつも言ってるよね?」


 ベタベタになりながらも静かに怒る俺。


 しかし、当の本人は、


「くるぅ?」


 何の話? と言わんばかりに首を傾げていた。


 今すぐチョップしたい気分になったが、堪える。


 ククにもお世話になったし、これくらいは許そう。たとえ何度目かの行いであっても……ね。




「ルナセリア公子様。食事の準備が終わりました。どうぞそちらの席へ」


「ありがとうございます」


 彼女に言われた通り、対面の席に座る。


 ククもツクヨさんもヴィオラも……そしてシルフィーも座って、賑やかな食事が始まった。


 こういう空気は久しく忘れていたな……ずっとダンジョンにこもって静かにひとりで食事をしていたし。


 無性に懐かしく感じるのは、状況が状況だからか。


 それとも……単に俺がセンチメンタルにでもなっているのか。


 意外と寂しがりなのかもしれないな。


 箸を持ちながら、ふとそう思って内心で笑った。

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