第54話 これにて一件落着
「へ、ヘルメス様が魔物を贈る相手は、私ではなく……そこのみすぼらしい双子ですって!?」
スッとミリシア・ローズの横を通り抜けこちらを見上げる小さな姉妹の前に出ると、後ろからキーキーと金切り声が聞こえてくる。何がそんなに不思議なのか、ミリシア・ローズ子爵令嬢は一度断りを入れたというのにしつこく喰い下がってきた。
「その二人は我がローズ子爵家の次女と末っ子ですっ。我が家は財政状況に難がありまして、双方ともに学も常識もございません! そのような者たちにヘルメス様のご慈悲を与えるなど……!」
つらつらよく言葉が出るな。
そもそも家庭環境に問題があるにしろ、妹二人がみすぼらしい姿をしているというのに、長女の彼女は何も思わないのか? むしろ妹たちが贈りものを受け取る事実を喜ぶべきなのではないか?
ミリシアの立場を自分に置き換えてみて俺はそう思った。けれど彼女の口から出る言葉は、自分を立て妹を見下す以外の意味は含まれていない。自分中心の考えがなんとなくローズ子爵家の内情を現しているようだった。
だから俺は、ニコリと笑顔を浮かべてミリシアに言い放つ。
「もう結構です。私が話したいのはこちらのお二人なので、遠慮してもらえますか?」
「……………ッ!!」
最初、俺が自分のことを拒絶したと理解できなかったのだろう。五秒ほど経って顔を真っ赤にしたミリシア・ローズ子爵令嬢は、口元を扇子で隠して、「わ、わかりましたっ。それではごきげんよう!」と早口で言うと、そそくさとその場から離れていった。
残された双子の姉妹は、姉ミリシアについていくべきかと悩んだ末に、俺が「お話をよろしいですか? レディー」と言ったことで動きをピタリと止める。
実に不愉快で気持ち悪いな俺。でも空気が悪いので冗談くらい言わないと話しにくい。
どこか困惑した表情を浮かべる双子の姉妹に、まずは丁寧な挨拶から入ることにした。
「ルナセリア公爵が実子、ヘルメス・フォン・ルナセリアと申します。先程のミリシア嬢の妹君とお伺いしましたが……お名前を聞いても?」
右手を胸元に添え、恭しく名前を名乗る。イベントの礼儀として魔物を贈る相手には膝を突いて誠意を示す必要があるらしい。それに倣って、俺もまた地面に膝を押し付ける。まるで主君へ剣を捧げる騎士のごとく。
すると、三秒ほど間をあけてゆっくりと双子の姉妹が口を開きはじめた。
「ふぇ、フェローニアは、フェローニアは……その、フェローニア・ローズと申します」
「フロセルピアは、フロセルピアは……フロセルピア・ローズ、です」
「フェローニア嬢とフロセルピア嬢か」
一人称は自分の名前なのかな? それに、緊張してるからか癖なのか、自分の名前を繰り返している。ちょっと面白かった。
「それではフェローニア嬢、フロセルピア嬢。改めて、お二人にあちらの魔物を贈りたいと思います。なにぶん初めてのことなので形式などはご容赦ください。それでは私はこれで。あとは係りの者にお任せします」
そう言って参加者用の天幕へと向かった。雨に揺れた装備の金具を外しながら、ようやくホッと一息つく。
見たところ他の参加者が狩ったと思われる魔物は小さいものばかり。明らかに目立つキマイラほどの脅威は、いまのところ見えなかった。
このイベントに明確な順位付けはないが、全ての話題を掻っ攫って最高の獲物を贈ったのは、間違いなく自分だと断言できる。
俺がいなくなったことで、雨の音にも負けない賑やかな声が天幕の外から聞こえてくるのだった。
分厚い地下研究施設の天井が崩れ、そこからかすかな陽光が差し込んでいた。
瓦礫の山に埋もれた醜い魔物の一部や、乱暴に散らばった書類の束が同じく転がった数名の死体に覆いかぶさる。かつて靴音を響かせた硬い土色の床は、無残にも緑色の液体を吸い込んでぐずぐずになっていた。
そんな研究施設の体を成していない——もはや建物としても含まれないような廃墟にて、唯一の生存者が柔らかくなった地面を無造作に素足で踏みつける。足元に付着した粘土みたいな土を一瞥することなく、彼女はただ真っ直ぐ研究所の簡易扉を潜った。
あらゆる死体、死骸に目もくれず。破かれ、裂かれ、汚れた書類を踏み。底の見えない紫水晶の瞳がジッと前だけを見つめる。束ねることもしない無造作な黒髪が自由に重力に従って膝下まで伸びる。やや地面すれすれだろうと地面を擦ろうと、人形みたいに美しい彼女は何も声を発さない。
ボロボロになった階段をゆっくりと上がり、煤や砂の付いた病衣をはためかせ地上へ顔を覗かせる。そこでようやく彼女の表情に変化があった。ほんのわずかな視線の移動。遙か先を見渡して、彼女は無機質な音を小さく零す。
「…………行かないと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます