第206話 事後処理

 黒き竜を討伐した俺は、謎のスキルを取得したものの、なぜかそのスキルは発動しなかった。


 システムメッセージによると、今の俺はドラゴンソウルの発動条件を満たしていないらしい。


 そんなスキルを寄越すなと文句を言いながら、ククとシルフィーの三人で竜の里に戻る。


 空気は一気に白けたものだ。




「——! ルナセリア公子様!」


「ツクヨさん?」


 竜の里が見えてくる。


 門の前に、ツクヨさんをはじめとする多くの住民たちがいた。


 先頭に立つツクヨさんとヴィオラ殿下が手を振りながらこちらに走ってくる。


 特にヴィオラ殿下は、そのまま俺の懐へ突っ込んできた。


「おっと。危ないですよヴィオラ様」


 勢いよく俺の胸元にダイブしたヴィオラ殿下を受け止め、注意する。


 しかし、彼女は涙を流しながら俺の顔を見上げた。


「ヘルメス様……ご無事でしたか」


「この通り意外とぴんぴんしてますよ。すみません、心配をおかけして」


「いえ。私が勝手に心配して勝手に泣いてるだけです。ヘルメス様は里を救ったのですから、責めるべきではありませんね」


「俺が黒き竜を倒したと知っているんですか?」


 戦闘は遠くで行われた。


 誰も見ていないはずだが……。


「あれだけ大きな戦闘音が止んで、森の中からヘルメス様とククさんが帰ってくればわかります。勝ったのでしょう?」


「なるほど。はい。勝ちました。竜の死体はまだ奥にありますよ。すぐに回収に行きましょう」


「ルナセリア公子様はお休みください。無理をさせた我々が雑用をこなします」


「しかし……」


 外には危険なモンスターがいる。彼らだけを行かせるのはちょっと不安だ。


 そんな俺の心の声が聞こえたのか、ツクヨはくすりと笑って首を横に振った。


「平気ですよ、ルナセリア公子様。今なら問題なく竜の亡骸を回収できるかと。ルナセリア公子様と黒き竜の戦闘により、大半のモンスターは遠くへ逃げたでしょうから」


「あ……そう言えば」


 俺と黒き竜の戦いに他のモンスターは介入してこなかった。


 俺たちの戦闘に巻き込まれたくないから逃げていたのか。どうりで。


「そういうことでしたら……後はお願いしてもいいですか? 実はもう結構限界で……」


「無理もありません。あれだけの戦闘のあとです。遠目からでも地形が変わる様子などは見られました。むしろわたくしたちのためにあそこまで頑張ってくれたこと、里を代表してお礼を言います。本当に、本当に……ありがとうございました、ルナセリア公子様!」


 ツクヨがばっと頭を下げる。


 彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ、地面をわずかに黒く染めていた。


「ありがとうございます!」


「ありがとう!」


「ありがとう英雄様!」


「救世主様————!」


 ツクヨの背後では、集まった住民たちもまた俺に感謝の言葉を伝える。


 それがどんどん大きくなっていき、耳が痛くなるほどの喧騒になった。


 それだけ俺に対する感謝が大きいってことだ。


「ふふん。さすが私の契約者ね。ずいぶんと人気じゃない」


 シルフィーが俺の肩に乗ったままドヤ顔を浮かべる。


 小さく、彼らの声にかき消されるくらいのボリュームで呟いた。


「一応、シルフィーたちのおかげでもあるんだよ? 全部が俺の功績じゃない。俺たちの功績だ」


「わかってるじゃない。その通り! 私たちは三人で最強よ!」


 シルフィーが一気に調子に乗った。


 しかし、俺の隣ではククも嬉しそうに「くるくるっ」と鳴いている。


 顔を上げたツクヨさんが、疲れた俺を屋敷まで案内してくれた。


 里の中を歩く際、ずっと俺の耳には住民たちの感謝の声が届いていた——。




 ▼




 ツクヨさんの屋敷に戻ってくる。


 もはや里の中はお祭りムードだ。屋敷の中にいるのに住民たちの喧騒が聞こえてきた。


「大人気ですね、ヘルメス様」


 俺と一緒に屋敷へ戻ってきたヴィオラが、隣を歩きながらくすりと笑った。


 現在、ツクヨはもうここにはいない。


 彼女は屋敷に着くなり部下たちに指示を出しに外へまた出かけていった。


 慌しい限りだが、その表情は笑顔だった。


 里が救われたことが嬉しいのだろう。


「ルナセリア公子様」


 廊下を歩いていた俺たちの前に、給仕の女性が姿を見せる。


「お風呂の用意ができております。どうぞごゆっくりと、おくつろぎください」


「お風呂ですか。ありがとうございます」


 ツクヨさんの家の風呂はいいぞ~。


 前世の日本を思い出させる設計になっている。あと普通に広い。


 ルナセリア公爵邸の浴室もすごい広いが、高等学園の風呂はそこまで広くない。


 だから久しぶりに広い浴槽に浸かれて俺は嬉しかった。


 そこに戦闘の疲労も加われば最高だ。


 もちろん彼女の提案を受け入れる。


「それじゃあヴィオラ様。俺は風呂に入ってきますね」


「お風呂……ふふ。はい、わかりました。ごゆっくりどうぞ」


 ヴィオラに手を振られて俺たちはそこで別れる。


 給仕の女性に案内されてそのまま真っ直ぐ浴室へ向かった。




 ——このときの俺は知らなかった。


 この選択を後悔することになるとは……。

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