第205話 ドラゴンソウル

 クク、シルフィーの協力のおかげで黒き竜を追い詰めた。


 あと少しで黒き竜は死ぬだろう。


 トドメを刺すために俺は黒き竜へ近づいた。


『ククク……運命は巡る。今回もまた、俺はお前たちを相手にしないといけないのか』


「なに言ってんだ。瀕死のくせに」


 竜は大量の血を流していた。


 再生か治癒系の能力でも持っていないかぎり、助かる見込みはない。


 おまけにこちらはまだ動ける。


 かなりダルいがトドメくらいは刺せる体力が残っていた。


 完全に詰みだ。


『後悔するなよ、英雄。お前たちは俺との戦いを始めてしまった。本当の戦いはここからだ。俺は、死なん』


「そういう意味深な台詞は吐かないでもらえると嬉しいなぁ」


 こんなことならさっさと殺しておくべきだった。


 捨て台詞があまりにも不穏すぎる。


「くるぅっ!」


「クク?」


 ククが急に鳴いたかと思うと、ずしんずしん足音を響かせて黒き竜の前に立つ。


 二人が睨み合った。


『青き竜……お前も他の竜と同じ考えか? 人間との共存をそんなに望むのか?』


「くる」


『馬鹿げている。人間は愚かな生き物だ。欲望に際限がなく、すぐに誰かを裏切る。多くの意見に惑わされ、最後には自分の利益しか追求できぬのだ!』


「くるぅ! くるくる!」


『……ハッ! そんな人間だけじゃない、か。たしかにそこにいる男は他の連中に比べればマシかもしれない。しかし、変わらないとなぜ言い切れる?』


 黒き竜の言葉が俺自身にも刺さった。


 言いたいことは理解できる。


『人は移ろいやすいものだ。俺がこうして争っているように、知識とは、知能とは、感情とは簡単に人を変える。いつかお前もそこの男と刃を交えることになるかもしれんぞ』


「くるぅっ!」


『ぐあっ!?』


 怒りの声を上げてククが黒き竜に攻撃を行う。


 すごい音のビンタが炸裂した。


 黒き竜が衝撃で地面に倒れる。


「くるくる! くるぅっ!」


『ハハ……図星じゃないか。お前だってわかっているんだろう? 変化の恐ろしさを。我々の一生は長い。その中で間違った選択をしたのはお前だ。それがすぐにわかる』


 黒き竜はそれ以上は何も言わなかった。


 血を流しながら口を閉ざす。


 恐らく、残り時間はもうわずかだろう。


 なおも苛立つククの体に触れると、俺はククを諌める。


「落ち着け、クク。あとは俺がやるから下がってて。さすがにかつての同胞を君に殺させはしない。俺が終わらせる」


 剣を構えた。


 弱いもの虐めのように映るが、これこそ正しい結果だ。


 里の人たちを救うために、この世界のために——。


 俺は振り上げた刃を竜の首に落とす。




 刃は抵抗なく竜の首を切断した。


 ものいわぬ骸と化す。


「……終わったね」


「終わったわね。お疲れ様、ヘルメス。あんたはよく頑張った」


 シルフィーが俺の肩に乗る。


 彼女にしては珍しく俺に優しい。頭を撫でてくれていた。


 ……いや、彼女はいつだって俺の味方だった。優しいのはデフォルトだ。


「ありがとうシルフィー。シルフィーもお疲れ様。二人の協力のおかげでなんとか勝てたよ」


 黒き竜はこれまでで一番の強敵だった。


 正直、もう一度戦えと言われても遠慮したい。


 ふい~とため息を漏らしながらその場に尻餅をつく。


 すると、目の前に懐かしいシステムメッセージが表示された。


『スキルの取得条件を満たしました。『スキル:ドラゴンソウル』を獲得』


「……はい?」


 なんだかものすごいことが書いてあった。


 もう一度読むとシステムメッセージは消える。


 だが、意味は十分に理解した。


「竜殺しの称号を獲得ってか? なんだよドラゴンソウルって」


 直訳すると——竜の魂?


 そんなもの貰っても困るんだが、どんなスキルなのかは気になるな。


 前に獲得した状態異常耐性なんかは字面から察することができるが、こちらはまったく意味が不明だ。


 もしかするとアクティブ系のスキルである可能性もある。


 俺はなんとなくそのスキル名を口にしてみた。


 こういう場合、たいていスキルの名前を口にすると発動するのがテンプレだ。


「————ドラゴンソウル」


 唱える。


 そして、再びシステムメッセージが表示された。


『ドラゴンソウルの発動に失敗。個体名:ヘルメス・フォン・ルナセリアはスキルの発動条件を満たしていません』


「はぁ!? 発動条件? じゃあなんで取得させたんだよ! 意味わかんねぇ!」


 不親切なシステムメッセージにキレ散らかす。


 触れることができたら叩いて直してるところだ。テレビみたいに。


「どうしたのヘルメス。急に大きな声を出して」


「なんか新しい能力をもらったっぽいんだけど、そのスキルの発動条件を満たしてないって言われた」


「誰にもらったの」


「……神様?」


「重症ね。疲れてるのよ。ゆっくり休みなさい」


「頭の問題じゃねぇよ」


 シルフィーに真面目に心配された。


 ってことは俺以外には見えないのかシステムメッセージ。


 空気が完全に白けたので、その場に転がって悪態をつく。


 空は嫌に澄み渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る