第207話 ヴィオラ乱入
「ふぃ~……!」
ツクヨの屋敷の浴室に入る。
しっかりと体と頭を洗った後、源泉かけ流しの大きな浴槽に浸かった。
心地よい湯が全身の疲れをどこかへ流す。
「たまらないなぁ……これぞザ・温泉って感じだ」
おまけに貸切。
俺の他に誰も人はいない。
十人入ってもまだ余裕がある浴槽には、たった一人しかいないのだ。
この解放感と人の目を気にしなくてもいい無防備さ……クセになるね。
正面奥から見える広大な景色も素晴らしい。
いわゆる「風情」ってやつだ。たまにはこういうのも悪くない。
ひとしきり内心で感想を述べると、後はゆったり無心で湯の中を漂う。
実際に漂っているわけではないが、そういう気分だった。
「————」
「…………ん?」
今、なんか鼻歌が聞こえてきたような……。
気のせいかとは思うが、ちらりと脱衣所のほうへ視線を送る。
すると、なぜか脱衣所に人影が見えた。
シルエットは一人だ。
この浴室はツクヨだけが使える。
言わばツクヨ専用の風呂。
ツクヨ以外の給仕や護衛は、外にある別邸の浴室を利用する。
現在、賓客として招かれた俺とヴィオラ以外にこの浴室を利用する者はいない。
つまり、規則を破っていないかぎり、脱衣所にいるのはツクヨかヴィオラってことになる。
——しかし、ここで思い出してほしい。
ツクヨは俺が倒した黒き竜の死体を回収するために指揮をとっている。
屋敷の中にはいないはずだ。
残る、該当する人物は……たった一人。
「ま、まさか……ヴィオラ殿下か?」
最悪の答えに行き着いた。
これがツクヨならまだ許せた。まだギリセーフだと思う。
だがヴィオラ、お前はダメだ。
ヴィオラは俺と同じ王国在住だし、国王陛下の娘。
仮に同じ風呂に入ったことがバレたら……処刑されかねない。
じんわりと風呂に入ってるのに汗が出てきた。
すーっと脱衣所へ繋がる入り口から最も遠い浴槽の端に寄る。
バクバクと早鐘を打つ心臓。
嘘だ、冗談だと自分に言い聞かせるが……。
——ガチャ。
無慈悲にも脱衣所の扉が開く。
現れたのは……俺の予想通りの人物だった。
「ヴぃ、ヴィオラ殿下!? どうして俺が入ってるのに……!」
「どうもヘルメス様。ヘルメス様と一緒にお風呂に入りたくてお邪魔しちゃいました」
このお姫様、確信犯である。
ちゃんと俺がお風呂に入ると言ってるのを聞いた上で混ざってきやがった!
一応体にタオルを巻いているが、彼女は体型が素晴らしく女性らしい。
出るところは出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。
理想の体型だろう。だからこそカーっと俺の顔に熱が篭る。
慌てて片手で視界を妨害するが、脳裏に焼きついた光景までは消せない。
視界がなくなるとなおさら意識しちゃって気まずかった。
しかし、反対にヴィオラは平然としている。
「そんなに緊張しなくてもいいんですよ? ヘルメス様にならどんな姿を見られても構いません。まあ……あまりみっともない姿を見られるのは嫌ですが」
「なら出ていってくださいよ!? こういうのはもっと、親密になってからというか……」
「もう何年もの付き合いではありませんか。十分に親密ですよ。それとも、ヘルメス様は私のことがお嫌いですか?」
「別に嫌いってわけじゃ……」
ラブリーソーサラー1じゃ出てこないキャラクターだから、意識的にはほとんど他人に近い。
どう対処していいのかわからないのだ。
それでいて彼女はかわいい。ちゃんとかわいい。
それが余計に俺の思考を鈍らせた。
「嫌われていないのですね。それはよかった。でしたら遠慮しないで見てください。ヘルメス様だけは特別です。ヘルメス様以外の殿方には見られたことないんですよ?」
見られていたら大問題だ。そいつはきっとこの世にいない。
「断固拒否します。俺はまだ死にたくありません」
「お父様のことですか? 説得しますよ。公爵家と王家の縁が深まるのはいいことではありませんか」
「俺には心に決めた人が!」
「誰ですか? そもそも愛人くらいは許しますよ」
「……嘘です」
「知ってました」
クソオオオオオオ!
無敵かこの人?
何を言っても許されそうな空気があるぞ。
というか喋りながらも淡々と体を洗っているっぽい。
普通に水音が聞こえる。
「——よし、と。ではそろそろ一緒に入りましょうか」
「ダメですダメですダメえええええ!」
俺の必死の制止を無視して、しばらくすると彼女が近くに寄ってくる。
続いて水音。
先ほどまでの水音とは違う、恐らくヴィオラが浴槽に浸かった音。
気になってちらりと指の隙間から正面を伺う。
————ひぃっ!?
タオルすら脱いだヴィオラの姿が目の前にあった。
また視界を塞ぐ。
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