第133話 ロ、なんとか君

 秋の対校戦、剣術の部が準決勝まで終わった。


 残すは決勝戦のみ。昼休憩を挟んで午後から行われるため、俺はフレイヤを誘ってラウンジに足を運んだ。


 多くの生徒が昼食を楽しんでいる中、空いている席はないものかと周りに視線を巡らせて、——ある一点で止まる。


「お兄様~~~~!! こちらの席が空いてますわよ~~~~!!」


「…………」


 またおまえかい!




 ラウンジの一角に、椅子に座る我が妹、ルキナの姿を見つけた。


 満面の笑みを浮かべてぶんぶん手を振っている。


 さすがにあれだけ大きな声を出していたら、俺じゃなくても気付く。フレイヤもルキナを見て首を傾げていた。


「ヘルメスを兄と呼ぶあの女の子は……間違いない。ヘルメスの妹」


「赤の他人が俺のことをお兄様って呼んでたら怖いよね」


 普通にホラーである。


「彼女は俺の妹のルキナだよ。たぶん、前に何度かパーティーとかで会ってると思う」


「……そう」


 あ。これは確実に記憶にないやつだ。


 フレイヤはレアと違って、魔法に関しては素人のようなもの。魔法より剣術で有名な相手のほうが記憶に残るのだろう。


 ロレアスくんのことも一応は知ってたみたいだし。


「とりあえず向こうに行こうか。呼ばれているみたいだし……」


 この目立つ中、生徒たちの間を通りぬけていくのはなかなかに嫌だな……。


 かといってルキナを無視すると、彼女はなにをするのか解らない。


 腹を括り、奇異の目を無視して進む。


 ルキナの前までやってきた。


「お疲れ様です、お兄様、フレイヤ先輩」


「ありがとう」


「ありがとうルキナ。わざわざ席を取っててくれたの?」


 フレイヤに続いてお礼を言ったあと、単刀直入に訊ねた。


 ルキナは首を縦に振る。


「はい! お兄様が昼食を摂る際に席が空いてなかったら、悲しゅうございます。それに……私が怒り狂ってラウンジを破壊する可能性もあるので」


「普通に出禁だね、それ」


 学校からも追い出されるよ、君。


 でも彼女の顔はマジだ。ルキナならやりかねないという不安が俺の中にもある。


「ふふふ……ひとまず席にお座りください。お二人とも疲れているでしょうしね」


 促されるがままにルキナの隣に腰を下ろす。彼女は当たり前のように抱き付いてきた。


「俺は疲れていないよ。見てたなら解るだろ? 一度も戦ってないし」


「それでも頑張って応援していたではありませんか。お兄様の応援がフレイヤ先輩やあの……ローレンさん? にもきっと強く届きましたよ!」


「ロレアスくんね」


「そうそう。そんな感じの人です」


 この子、フレイヤはともかくロレアスくんの事は覚える気がないね……。


 ぜんぜん悪びれる様子もないし。


「たしかにヘルメスの声援は心強かった。力になったと思う」


「……マジで?」


 ただ「頑張れ」としか言ってなかったけど。


 そんなファンタジーによく出てくる言霊みたいなことある?


 ……ああいや、それを言うならこの世界そのものがファンタジーだった。剣と魔法とゲーム要素を含める異世界ね。


 言霊くらい本当に存在するのかもしれない。


「マジ。誰かに応援されると強くなれる。それが人間」


「ならロレアスくんと俺で二倍だね。なんだかお得な気がするよ」


「アイツの声援なんてどうでもいい。聞こえなかった」


 そ ん な こ と あ る ?


 普通に考えておかしいだろ。彼、一応はしっかり応援してたよ。


 声量だって俺とほとんど変わらなかったし、俺の声が聞こえているなら彼の声だって……。


「いやいや、ロレアスくんも頑張って——」


「だれそれ。知らない子」


「……そっかぁ。それならしょうがないね」


 言葉を遮られた。力強く拒否される。


 そんなにフレイヤはロレアスくんのことが嫌いなのか。彼、意外と面白くて俺は少しだけ好きになれそうなんだけど。


 少なくとも俺を目の仇にしてるあいだは、誰の被害にもならないから嫌いじゃない。


 そこまで興味があるかと言われたら否だが。


「まあまあ。ロディルさんの話はそこまでにしておきましょう」


 ロレアスくんね。


 もう「ロ」しか合ってない。ほかは完全に別人だった。合わさっても別人である。


 ある意味ルキナのそれはフレイヤより酷い。


「ん。ルキナの言うとおり。アレの話はどうでもいい。それより、昼食と決勝戦に関して、いろいろと今の内に話しておくべき」


 ずずいっと、フレイヤはそう言うと、俺との距離を詰めた。


 反対側からルキナの「ムッ!」という声が聞こえたが、彼女にまで嫉妬されても困るのでスルーしておく。




 その後は、ロレアスくんの話題が一度もあがることなく、俺とルキナとフレイヤの三人で、昼食を食べながら作戦会議をした。


 ——と言っても、戦う相手が違うのでほとんど雑談になってしまったが。

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