第134話 決勝戦

「——さて、と。そろそろ会場に戻ろうか」


 雑談を交えた作戦会議の途中、ちらりと壁に飾ってあった時計を見た俺が、そう二人に提案する。


 遅れて両隣に座っていた黒髪と白髪の女生徒が、俺と同じように時計へ視線を移した。


「あら……もうそんな時間ですの。長々と話していたつもりはないのですが」


「楽しい時間っていうのは、過ぎるのもあっという間なんだよ」


 体感時間的なやつね。俺も時計を見てびっくりした。


「ふふ。それはお兄様も楽しんでいただけた、ということでよろしいですか? よもや、私だけが楽しんでお兄様はまったく楽しくなかった……などとは言いませんよね?」


 ルキナの顔が近付く。


 瞳の中にどす黒い闇を内包する彼女の視線は、ちりちりと俺の精神を焦がすように突き刺さった。


 当然、妹ルキナの前で下手なことなど言えない。ぎこちない笑みを浮かべてこくりと頷く。


「あ、当たり前だろう? 妹と一緒にいて楽しくないヤツはいないよ」


「うふっ。そうですね。ごめんなさい、お兄様。お兄様と一緒にいた時間があまりにも懐かしくて、取り戻したくて、ルキナは少しだけ元気がないのです」


「なるほど。俺の可愛い妹は寂しがっているってわけだ」


 ウソつけ。


 寂しがっているのは本当だろうが、元気がないのは真っ赤なウソだ。


 その証拠に、秋の対校戦が始まってから久しぶりに彼女と顔を合わせるが、俺といる間はずっと元気だ。


 あれだけ喜怒哀楽を激しく表現しておいて、元気がないと平然と言えるのはすごい。


 こういう所は母親によく似ていると思う。もしくは父親か。


「でもごめんね。俺とフレイヤは試合があるから行かないといけないんだ。ルキナはしばらくこっちに滞在するんだろう? その間に遊べばいいさ」


「ええ。もちろんお兄様の邪魔をしたいとは思っていません。お兄様が活躍する姿を楽しみにしております」


 そう言うともう話は済んだのか、フレイヤと共に席から立ち上がる。


 俺も席から立ち上がると、三人で並んで第一訓練場の入り口まで向かった。


 終始、彼女がニコニコ笑っているのが不気味に感じる。


 可愛い妹ではあるのだが、この裏表の激しさだけは信用できない。計算高いところがあるから、内心でなにを考えているのやら。


 秋の対校戦が終わったら、しばらくは覚悟しないといけないのかもしれない。


 ぎぃっ、と第一訓練場の扉を押し開けながら、そんな不安な気持ちを抱くのだった。




 ▼




 秋の対校戦、決勝が始まる。


 相手はニュクス擁する第二学園高等部。


 先日の試合、魔法の部とまったく同じ光景になったことを客席の生徒たちは喜ぶ。


 誰もが、天才vs天才の再戦に心を躍らせていた。


「ん、今日も勝つ。今日勝てば、魔法と剣術両方の部で優勝。総合優勝は最強ってことになる」


「シンプルな答えだね」


 頭の中がたいへん筋肉である。


 だが、彼女、フレイヤの意見は正しい。すべてにおいて勝っておけばそれこそが最強で最高なのだ。


 その点には同意せざるを得ない。


「まずは一勝、勝ってくる。そしたら、また、一緒に修行しようね」


「ああ。それも悪くないね。無理しないよう気をつけて」


 歩き出したフレイヤの背中を見送る。


 ここ一ヶ月ほど、何度も彼女とは一緒に木剣を振るった。何度も何度も刃を交えて叩きのめした。


 手加減をしないでほしいと言われるがまま、繰り返し彼女の心を折ってきた。それでも立ち上がる姿は、間違いなくヒロインのそれだった。


 かつてゲーム画面で見た才能の、希望の姿を垣間見た。


 だからかな。フレイヤからの提案は、不思議とイヤじゃなかった。


 もう師匠きどりなのか、前世の未練でもあるのか、俺はフレイヤと強くなる道も悪くないと思ってしまった。心の底から、彼女を応援してる。


 すでにストーリーは破綻しているように見えるが、それならヒロインたちを強くするのに意味がある。


 来年からは、より一層面倒で困難な問題がヒロインたちを襲うのだから。




「ふんっ。俺とフレイヤ様がともに一勝を勝ち取ってくれば、ヘルメス様の出番がないまま終わりますね。天才の出番はないほうがいい。そっちのほうがカッコイイでしょう?」


 フレイヤが会場の中央に向かってすぐ、俺の隣に立つロレアスくんの嫌味が聞こえてきた。


 まるで俺のことを最終兵器や秘密兵器のように言っているが、にやけたその表情から漂ってくる感情は、——嘲笑。


 あなたには活躍などさせない、という強い劣等感を感じた。


 別に俺は、一度も剣を振るわずに終わるなら楽でいいけどね。


 そういう意味を込めて、なるべく煽りのように言い返してみる。


「期待しないでおくけど、頑張ってね? 俺のために」


「くっ! 精々、あとで後悔しないことだな!」


 チッ、と最後に舌打ちをしてロレアスくんは俺のそばから離れた。


 そのタイミングで、審判の声が高らかに聞こえてくる。




「これより、秋の対校戦、剣術の部、決勝を行います!」

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