第9話 イベント番外

 路地裏の奥に、どこか見覚えのある少女がいた。美しい銀髪に紅い瞳。涙を浮かべながら、男の腕の中で必死にこちらへ手を伸ばす。そして、掠れるような声で言った。


「た、すけて……!」


「任せろ」


 答えは簡単だ。それ以外にありえない。困ってる美少女を救うのは、男の浪漫だろう?


 俺は地面を蹴り上げる。レベルの上昇により50を超えたAGIが、少女を無理やり捕まえる男たちとの距離を一瞬にしてゼロにした。


 慌てて隣に並ぶもうひとりの男が鞘から剣を抜く。


「コイツッ!」


 素早い斬り払い。


 だが、それを俺は同じ鉄製の剣で防ぐ。鞘から抜かれた剣身が、半ばで相手の一撃を受け止めた。


 ふむふむ、なるほどなるほど。


 伝わってくる衝撃から大雑把に相手のSTRを予測。俺よりやや強いくらいか。剣術のレベルでは完全に負けているな。ならば——。


「——<悪意>」


 切り結ぶ剣はそのままに、咄嗟に俺は唱える。


 闇属性下級魔法<悪意>。


 その効果は、対象の<視界妨害>。ゲームだと命中力なんかが下がる弱体化デバフだ。


 黒いモヤのようなものが男の視界を包む。


「おわっ!? なんだこれ! 目が……!」


「まず一人」


 狼狽えた。剣に込められた力が弱まる。俺はそれを見逃さない。


 一歩前に出て、相手の剣を無理やり内側へと押し出すと、パニックによってガラ空きになった懐——鳩尾の部分へ剣の柄頭を叩き込む。いくらSTRが俺より高いと言っても、VTIにそこまでの差はない。無防備な状態で喰らえば、十分な威力が出る。


「ぐえっ!?」


 クリーンヒット。


 カエルみたいな情けない声を上げ、男のひとりはあっさりと地面に倒れた。ゲームならすぐに起き上がってくるだろうが、現実だとHPバーがない分、気絶なんてバッドステータスが起こる。


 口を開いたまま動かない男を見送って、今度は思い切り大きな声で叫んだ。


「目を瞑れ!!」


「ッ」


 反応が早い。俺が魔法を唱えるより先に、彼女は迷うことなく瞼を閉じた。こんな状況なら、自らの視界を潰すのは相当な恐怖のはずなのに。だが助かる。おかげで迷いなく魔法を唱えられた。


「——<光彩>」


 神聖属性下級魔法<光彩>。


 俺がスケルトンの討伐に使った<神器>の下位互換。魔力を光に変えて放つが、ただ光らせるだけで十分だ。


 ぱあっと純白の光が周囲を照らす。


「クソッ!」


 あまりにも強い光が発生し、反射的に男も目を瞑る。俺とて目を開けられるような状態ではないが、それでいい。脳裏にはバッチリお互いの距離感、体勢、位置が記憶されている。閃光の持続時間もほんの一瞬だ。


 光が消えた時には、すでに俺はそこにいた。


 男の目の前に。


「死にたくなかったら大人しくその手を離せ。少しでも動いたら首を斬る」


 瞬きせず、ジッと男を見つめた。首元には剣を当てている。少しでも力を込めた途端に、男の首は胴体と離婚してしまうだろう。


 じわりと汗を滲ませて、男は降参と言わんばかりに両腕を少女から離して上にあげる。


「こ、降参だ。まだ死にたくねぇ。頼む、助け——おぐっ!?」


 ペラペラうるさいその口を閉じた。殺してはいない。膝をちょっとばかし男の鳩尾へ当てただけだ。あのまま殺してもよかったのだが、さすがに女の子の前で人の首を刎ねるのはちょっとね。俺としてもすこぶる気分が悪い。


 そもそも首を刎ねられるかどうかは置いといて。


「これで終了……っと。君、大丈夫?」


 素早く俺の背後へ逃げるように隠れた少女に声をかける。


 彼女は未だ肩を震わせながらも答えてくれた。


「は、はい。ありがとうございます……。ヘルメス様のおかげで、助かりました」


「あれ? どうして俺の名前を……」


「私の顔を覚えてませんか? 何度かパーティーで顔を合わせていると思いますが」


 パーティー……? 顔を合わせる……つまり彼女は貴族のご令嬢ということで…………あ、思い出した。


 美しい銀色の髪に紅い瞳。なんとなく記憶に引っかかる端正な顔だと思ったら、俺じゃなくてヘルメスくんの記憶のほうに彼女の情報があった。


「……ウィクトーリア・フォン・ラナキュラス公爵令嬢、かな?」


 捻り出した答えを聞いて、未だ緊張した面持ちのまま彼女はこくりと頷いた。


 や、やっべ。モノホンの貴族令嬢じゃん。しかもルナセリアウチと同格の公爵家だよ公爵家。


「これは申し訳ない……。暗くてお顔がよく見えませんでした。しかしとんだ無礼を……」


 そこまで暗くないが空のせいにして逃げる。幸いにもウィクトーリアのほうは納得してくれたのか、そこまで追及されずにこの話は終わった。


「構いません。緊急時でしたし。それに、我々は同じ公爵家の人間と言っても、顔を合わせるくらいであまり交流はありませんでした。私もヘルメス様の顔を見て辛うじて思い出せたくらいです」


「あ、あはは……ご厚意に感謝します。それでは話もそこそこに、ウィクトーリア嬢を安全な所までお連れしますね。足元に注意してください」


 よかったー。この子いい子だよ絶対。俺の顔を見た瞬間に普通に思い出してくれたのに、あくまで俺は悪くなかった風に言ってくれた。


 思わず俺は感動してしまうが、それはそれ。雑談ばかりしてないでさっさとウィクトーリアを通りまで護衛しないと。


 なぜかジーッとこちらを見つけてくる彼女の視線に気付かないフリをしながら、俺はウィクトーリアとともに来た道を戻る。




 ▼




 ウィクトーリアとともに通りへ出る。


 巡回中の騎士はすぐに見つかった。急いで彼女が襲われていたことを伝え、騎士と共に先ほどの路地裏へ引き返す。


 いくつかの角を曲がり、男たちが倒れているはずの行き止まりまで着くと、そこには……


「あれ? なにもない」


 あるべきものがなかった。男たちの痕跡が、忽然と消えていたのだ。


「本当にここで二人の男性に襲われたのかな?」


「はい。気絶させて縄で縛ったはずなのに……」


「ということは、他に仲間がいたのか。すぐにこの辺りに騎士を回そう。ひとまず今は君たちの安全が優先だ。通りへ戻り、事情聴取に付き合ってくれ」


「……わかりました」


 釈然としないが、ここで騒いでも結果は変わらない。後ろ髪を引かれる中、それでも俺は騎士とともにウィクトーリアの下へ戻った。


 通りには人がちらほら見える。その中には当然、騎士と一緒に被害者であるウィクトーリアもいた。彼女には辛いだろうからここで待ってもらっていた。


 俺が路地裏から戻ってくると、ウィクトーリアは表情を明るくする。恩人だからか、護衛してくれてる騎士よりも信頼されてる気が。


「おかえりなさい。どう、でしたか?」


「残念ながら空振りでした。他にも仲間がいたらしい。あの場所に倒れていた男たちは、忽然と姿を消しました」


「そんな……」


「まあ今は、ウィクトーリア嬢が助かったことを喜ぶとしよう。家のほうには連絡しましたか?」


「あ、はい。騎士の方がわざわざ向かってくれました。そう時間もかからない内に迎えが来るかと」


「それは何より。じゃあ俺は先に帰りますね。と言っても、まだ事情聴取が残ってるけど」


「あ……」


「ん?」


 別れの挨拶を交わしたあと、サッと視線を外して騎士のほうへ向かう。そのとき、なぜかウィクトーリアに腕を掴まれた。なにか気になることでもあるのかな? と思って振り返ると、しかし彼女は手を離してしまう。しかも俯いたままなにも言わない。


 もしかするとまだ襲われた時の恐怖心が残ってる? なら、最後に些細なおまじないをかけておこう。何の意味もない、ただの口約束を。


「平気ですよ。またなにかあったら、俺が必ず助けに行きます。悪い連中を全員倒して、ウィクトーリア嬢を助けるから。だから、心配しないでくれ」


「…………」


 あれ? 無視? 呆然とした顔でウィクトーリアは俺の顔を見上げる。ただそれだけ。なにも言わない。


 無言の空気のまま時間は流れ、「すみません。事情聴取をお願いします」と騎士のひとりが割り込んできたことで、結局、俺と彼女の会話は釈然としないまま終わった。


 最後の最後。ウィクトーリアはどんな気持ちを抱いたのか。


 表情が変わっていなかったから、衝撃以上の感情は読み取れなかった。


 まあいいか。そこまで親しいわけでもないし。


 浮かんだ疑問を即座に捨て去り、俺は先ほどの件を騎士に話す。




 でもおかしいな。こんなイベントはゲームにはなかった。彼女ウィクトーリアがモブだからか?

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