第144話 すべては始まりに立ち戻る
俺は、この世界に、〝ラブリーソーサラー〟の世界に転生してからずっと気になっていたことがある。
その疑問が浮かび上がったのは、ゲーム最初のイベント、〝学年別試験〟が行われたあとのことだ。
貼り出された結果を見て、たしかに俺は疑問を覚えた。
そこに主人公アトラスくんの名前が一切なかったからだ。
貼り出された紙には、上位十名の名前が刻まれる。
そこに名前がないってことは、上位十名の中にアトラスくんが入らなかったってことだ。
それも、筆記だけじゃない。
剣術や魔法まで入っていないとなると、俺の困惑は余計に強さを増した。
なぜなら、本来、主人公はこのイベントをきっかけに複数のヒロインとの関係を進めめていかないといけない。
それがシナリオを辿る上での道であり、この世界の主人公としての役目だと思っていた。
だが、現実は違う。
アトラスくんはシナリオのとおりに進まなかった。
それは〝学年別試験〟だけじゃない。
続く〝倶利伽羅への貢ぎもの〟でも姿を見せず、〝秋の対校戦〟にも出場しなかった。
これまでのすべてが俺に伝えてくる。嫌でも教えてくれる。
この世界の主人公はなにかがおかしい、と。
そして今日、〝秋の対校戦〟が終わり、開催されたパーティーの場で初めて真実を知った。
彼は、アトラスくんは……俺と同じ異世界からの転生者だった。
それも、俺とは違って、ゲームのプレイヤーではない一般人の転生者。
あまりに想定外すぎる状況に、軽く眩暈がした。
よろよろとわずかに後ろに下がると、アトラスくんが心配そうに声をかけてくれる。
「へ、ヘルメス様? 大丈夫ですか?」
「だいじょう……いや、ぜんぜん大丈夫じゃない。いまにも吐いちゃいそうなほど気分が悪い」
そりゃあゲームの知識をほとんど知らなかったら、試験に必要なステータス情報や、〝狩猟祭〟で上げられる好感度のこと、そして、ヒロインたちからのあの対応も頷ける。
ほぼ全ヒロインからの好感度が低かったのは、そもそも攻略する気がなかったからだ。
むしろ積極的にシナリオに介入していた俺のほうに、ヒロインたちが集まってくるのは、まさに当然の帰結である。
「まさかアトラスくんが転生者な上、プレイヤーですらないとは……今後の展開に大きな問題が……」
秋の対校戦は終わった。
続くイベントは、完全にシナリオとは関係のない共通イベントだ。
ヒロインの好感度がぐんぐん上がるため、これを逃す手はないのだが……彼はそもそもこれまで好感度を上げていない。
ヒロインたちの彼への興味を鑑みるに、恐らくイベントは成立しないだろう。
そうなると二年から始まる個別ルートがめちゃくちゃになる。
どうしたものかと頭を悩ませていると、
「へ、ヘルメス様にどうにかしていただけませんか? ヘルメス様も同じ転生者なら、きっと僕よりも主人公らしく——」
「無理だよ!」
たしかに真似事はできる。ただ主人公のように振る舞って、メインヒロインたちを落とせばいいのだから。
だが、根本的な不安が残る。
主人公アトラスくんでないといけない不確定要素にぶつかったら?
いくらスペックは同じで活躍してきた俺でも、あくまでヘルメスはモブ。
いずれどこかで躓く未来しか見えない。
何より、平民の彼がヒロインたちと結ばれることに意味がある。
すでに公爵子息という約束された立場の俺には、もしかすると解決できないことだって……ある、かもしれない。
可能性は低いが、どうしても主人公じゃないと不安が残るのだ。
「俺はあくまで君のおまけみたいなものだ。アトラスくん、——ラブリーソーサラーの主人公の代わりにはならない。いくらスペックだけ真似ても、君にはなれないんだ」
この世界に同じ人間は二人といない。
それが答えだ。
いまからでも間に合うか? 好感度を上げればいけるか?
ここはゲームではなく現実だ。現実なら、恋愛に発展するまでの過程がイベントに左右されない。
積極的に声をかけて、剣やら知識やら魔法を学べばワンチャン……?
うんうんと頭を捻りながら、必死に解決策を探す。
手っ取り早いのは、やはりアトラスくんに頑張ってもらうことだ。
しかし、当の本人は首を傾げて言った。
「ご謙遜を。ヘルメス様ならきっと俺なんかより立派な主人公になれますよ! だって、ヘルメス様もこの世界の——主役じゃないですか!」
「…………は?」
アトラスくんの言葉を呑み込むのに、たっぷり十秒ほどかかった。
ごくりとその意味を理解した上で、困惑と不安を抱える。
頭上に疑問符を浮かべた俺に、されどアトラスくんは続けた。
「だってヘルメス・フォン・ルナセリアは、————〝ラブリーソーサラー2〟の主人公なんですから!」
———————————————————————
あとがき。
まもなく三章終了!
ここから本当のヘルメスの物語が始まる!?
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